反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

8

「マルティネス様の従者は殺されたんだって」

 馬車が走り出してから、トレース様が先ほどカナンという鳥人から聞き出した情報を教えてくれる。マルティネス様はギブスを巻いた片足を上げて座り、ぼーっと窓の外を眺めて反応しない。

「従者は彼女の目の前で殺されたって……それに、逃げられないように彼女を骨折させたって。今、多分彼女はショック状態よ」

 エーファはあまりの残酷さに頭に一瞬で血が上った。

「立つと危ないわよ、抑えて」

 立ち上がろうとするエーファをトレース様が制してくる。

「あのトカゲはマルティネス様を監視してたってことですか?」
「しっ、彼らは耳がいいから聞こえるわよ。というかそうなるわね。カナン様も私が今朝ぶたれそうになった時に急に現れたもの」

 エーファは息を呑んだ。
 もしかして私も監視されていて昨夜のスタンリーとの会話も聞かれていた? いや、防音魔法をかけていたから大丈夫だ。でも、何度もキスするのかって……やっぱり見られていたってこと?
 どうしよう……気持ち悪い……。

「番を溺愛と聞いていたけど、執着に近いわね。私もちょっと認識が甘かったわ」
「……はい……」

 エーファはぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。
 マルティネス様が窓の外を見ながら歌を口ずさみ始めた。その目はどこも見ていないようで……でも彼女は泣いていた。

 自分の中にこんな殺意があるなんて知らなかった。
 私は絶対にあのオオカミ獣人を許さない。私からスタンリーとの未来を奪ったあの男を。

 窓の外に視線を向けると、ギデオンと目が合った。周囲を警戒するような彼の鋭い目は一瞬で熱い視線に変わったが、エーファはさっと馬車のカーテンを閉めた。

 腕を掴まれた瞬間からエーファの心の扉は閉まったのだ。いくら愛している人に向けるような熱い視線を私に向けようと、絶対にあいつを許さない。

 私は必ず、この国に戻って来てみせる。

 先ほどギデオンに触られたところをハンカチでごしごしこすった。

「赤くなるよ?」

 トレース様に止められたが、嫌なものは嫌なのだ。赤くなるほどこすって、気が済んだ。

「トレース様は……」
「ミレリヤでいいよ」
「でも……」
「聞いてない? あの方々の中で、えーと、マクミラン様が公爵家で一番爵位が高いの。カナン様は子爵家で、クロックフォード様は伯爵家。だからあなたが一番爵位が高い方の……番ってこと」

 エーファは唇をまた噛んだ。認識したくはないが、鳥人の名前がカナン・アザール、トカゲ族の名前がエーギル・クロックフォードだった。

「それに旅路も長いんだからミレリヤって呼んでくれる? 様付けで呼ばれるの慣れてないんだよね。家でも継母の息のかかった使用人に舐められてたから」
「っ……分かりました。ミレリヤ」
「うん、よろしくね。エーファ」

 ミレリヤの視線を追ってエーファは目の前のマルティネス様を視界に入れる。彼女は相変わらず歌を口ずさんでいて、こちらに何の反応も示さなかった。
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