反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 ナイフで服を切ると切り口でバレそうなので、枝に引っ掛けて千切れたようにしておく。
 エーギルにミレリヤへの伝言も頼めたので、懸念が一つ減り森の中を注意深く歩いていた。

 竜人が一時地上に二人もいたせいか、魔物は怯えて隠れてほとんどいない。

 好都合だけれど、エーギルの言う通りならオウカがどこかしらで追いついてくるだろう。魔物の変異まで成し遂げているのに、エーファを追いかけてまで聞きたいのは番紛いのこと以外にない。ステルス機能を持つブラックバードがたくさんいるなら、番紛いなんて要らないと思うけど。キーンの連れていたブラックバードは明らかに調教されていたようだし。

 疑問を覚えながら歩いていると、索敵に引っ掛かりがあった。木々が途切れてほんの少し開けた場所。そこに微動だにしない何かがいる。

「先回りされたってわけね」

 殺すつもりなら道中で襲ってきたはずだから、目的は話し合いか脅迫だろう。
 エーファは足音も気配も殺すことなく、迂回することもなく微動だにしない何かがいるところへ近づいて行った。

 大きなブラックバードが視界に映る。そして側で撫でているのはオウカだ。他の気配は今のところなく、索敵にも引っ掛からない。

「エーファ様。やっとここまで来られたんですね」

 隣にブラックバードさえいなければ、ここが森でなければいつも通りの彼女だった。あとはドレス姿ではないというのが違いだろうか。

「仕事中のここまで私を追いかけてくださったんですか? オウカがそんなに私のことが好きだったとは知りませんでした」

 昨日は伯爵家でお世話になると言った手前、平静を装ったつもりでも上ずった声になってしまった。キーンにはバレていたから取り繕う必要もなかったかもしれない。そんなエーファを見てオウカの口角はゆっくり上がる。

「ええ。エーファ様のことは最初から気になっていました。あなた様がこの国に連れてこられたその日から」
「お会いしたのはもっと後だったと思いますが」
「初日に変異種のブラックバードが三体もやられてしまったんですもの。気になりますわ」

 突然現れてティファイラと馬車に向かってきた三体のブラックバードはやはり変異種だったのか。

「せっかく出来のいい変異種でしたのに。まさか三体ともやられるとは思っていませんでした。せめて鳥人部隊に少しは損害を与えて帰ってくると考えていましたが、まさか魔法でやられるとは」

 あの三体の図体は確かに大きかった。

「私の魔法を見込んで計画に勧誘されたんですか?」
「えぇ。あまり変異種を殺されても困りますから」

 ブラックバードは調教されているのか大人しくしている。他の気配はやはりしない。

「それにしては詳しい情報をいただけませんでした」
「初めてお会いした時、あなたはもう軍に所属していました。人間が軍に入るのと天空城に週に数回行くことはあり得ないことでしたから様子見をしていたのです。ですが、ギデオンが嫌いなことはエーファ様を見てすぐ分かりましたから希望は持っていました」

 頑張って取り繕っていたのだが、そんなに分かりやすかっただろうか。

「私も夫のことが大嫌いなので同じ方を見るとよく分かります。同じ香りがしますから」
「え?」

 夫だけが救いだとか寄り添ってくれたとかオウカは言っていなかっただろうか。しかし、よく考えると夫に不満が一切なければドラクロアを滅ぼしたいというニュアンスの発言はしないはずだ。自分のことばかり考えすぎて、オウカのことを警戒するのみで大して深掘りしていなかったことに今更気が付いた。

「好きになど、愛することなどあるわけないでしょう。私の、大切な人を殺そうとした輩など」

 いつも上品なオウカにしては珍しく、恨みのこもった吐き捨てる物言い。表情はいつもと変わらないので余計に不気味だ。オウカには婚約者がいて、別れてドラクロアに来たと言っていた。つまり、言葉ほど穏便に解決はしなかったのだろう。

 オウカと視線を合わせる。さすがセイラーンの元王女というべきだろうか。今まで全く気付かなかった。彼女の憎しみと恨みはエーファのように派手に煙を上げてはいない。でも、心の奥では悟らせないようにずっと高温で燃え続けていたのだ。

 憎しみの熾火とでも呼ぶのだろうか。
 エーファはオウカから同じ香りなど全く感じなかったが、表現が異なるだけでこの人と自分は同じだったのだと心の奥で納得した。
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