反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
7
「そう、だったんですか」
「ここまで長かった。本当に長かった」
オウカの目の奥の憎しみは一瞬で消えていた。
「でも薬で調教や変異ができる魔物は非常に限られていました。そこは誤算でしたね。もっとうまくいくかと期待していました」
オウカの母国セイラーンは薬大国というハンネス隊長の言葉をぼんやり思い出し、あることが頭の片隅に引っかかった。
「だからエーファ様。ギデオンに何を飲ませたのか教えていただけませんか。それさえあれば、変異種がどれだけやられてもドラクロアをひっくり返すことができます。あのギデオンに起きたことが獣人や鳥人に起これば、必ず。今すぐは無理でも緩やかにドラクロアを滅ぼせる」
にこやかに笑うオウカの後ろでガサガサと音がして別のブラックバードが姿を見せている。索敵に引っ掛からなかったからステルス機能を持つ変異種だろう。
思い返すとエーファはなかなかの数のブラックバードを殺してきた覚えがある。
最後の最後までオウカがブラックバードを用意していたのかと苦々しく軽く拳を握った。
「あなたが番反対派のトップだとバレているので、それがあっても難しいんじゃないでしょうか。ハンネス隊長たちをはじめとして軍があなたを何としてでも捕まえようとするでしょう」
「私が捕まってもたくさんの仲間がいますから。番ではない者を番と認識させる、あるいは番という概念を消す薬はどうやっても作れなかった。強い薬を使うとサーシャのようになるだけ、記憶喪失になっても番は分かります」
「あの。セイラーンは薬で有名なのに……マクミラン公爵夫人を助けられなかったんですか? 解毒はできなかったんでしょうか」
「公爵が早急に事を進めたので、彼が使ったのは粗悪な強い薬でした。不純物も多く解毒ができなかったのです」
話しながら索敵魔法を使う。身を隠すのをやめたようで、今のところ分かるのは全部で四体。
一体エーギルはどんな意味で「おそらく大丈夫だろうが注意はしておけ」と言ったのだろう。オウカ自身が来ると思っていなかったのか、エーファに追いつく前に捕まえられると踏んでいたのか。それならもう少し時間稼ぎをしようか。騒ぎに乗じて逃げればいい。
「だから、仕方がなかったんです。サーシャには尊い実験台になってもらいました」
考え事をしていたエーファを見抜いてあざ笑うような言葉に思わずオウカを凝視した。今のは一体どういう意味だろうか。この人は公爵夫人の友達だと言っていなかった? もしかして解毒もできないし一生あのままなら他の薬を使ってみてどうなるか実験したということ?
「さて。エーファ様が教えてくださらないなら少々痛い目をみていただくことになります。心苦しいですが体に穴があくかもしれません。こういった強い自白剤も使いたくないですが、教えてくださらないなら仕方がありませんね」
オウカが懐から出したのは不気味な緑色の液体。それに合わせて後ろの茂みがガサガサ動く。よく調教された鳥である。
「エーファ様はご自分のためだけに得た情報を使うのですか? その情報があればセレンティア嬢だって死ななくて済んだかもしれないのに。他にももっと多くの人を救うことができます」
セレンの名前に一瞬だけ体が震えたものの、茂みに目を向けてからオウカに対して極めて友好的に見える笑みを作った。オウカは緑色の液体をしまって嬉しそうにする。
「教えるべきことは何もありません。私はギデオンになんにもしていないんですから」
セレンの名前を出されて少し動揺した。エーギルに番紛いを飲ませていれば、セレンも今エーファの隣にいたかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。ドラクロアに出発する際に彼女の愛する人は殺されている。騒ぎはマルティネス侯爵の耳に入っているだろう。帰ったところでセレンはまた政略結婚させられるだけではないだろうか。彼女の愛した人がいないこの世界で。
オウカの笑顔がぴしっと凍り付く。一瞬をエーファは見逃さなかった。
「蒼天を断つ 柔らかな陽光をその光で閉ざせ 雷火四閃!」
ハンネス隊長たちといた時に使ったのと同じ魔法が四つ展開される。狙ったところに雷が落ちたが、一体のブラックバードを仕留め損ねたようだ。茂みから勢いよく飛び出てきたブラックバードが向かってくる。
オウカがどうなったかも見ずにエーファは背を向けてジグザグに走った。
必死に走りながら詠唱よりもこの距離なら拳銃がいいと腰に下げたままのホルスターに手を伸ばし、拳銃を取り出し振り返る。ハンネス隊長に返し忘れたものだ。
まさに引き金を引こうとしたエーファの前に白いものが躍り出た。
「ここまで長かった。本当に長かった」
オウカの目の奥の憎しみは一瞬で消えていた。
「でも薬で調教や変異ができる魔物は非常に限られていました。そこは誤算でしたね。もっとうまくいくかと期待していました」
オウカの母国セイラーンは薬大国というハンネス隊長の言葉をぼんやり思い出し、あることが頭の片隅に引っかかった。
「だからエーファ様。ギデオンに何を飲ませたのか教えていただけませんか。それさえあれば、変異種がどれだけやられてもドラクロアをひっくり返すことができます。あのギデオンに起きたことが獣人や鳥人に起これば、必ず。今すぐは無理でも緩やかにドラクロアを滅ぼせる」
にこやかに笑うオウカの後ろでガサガサと音がして別のブラックバードが姿を見せている。索敵に引っ掛からなかったからステルス機能を持つ変異種だろう。
思い返すとエーファはなかなかの数のブラックバードを殺してきた覚えがある。
最後の最後までオウカがブラックバードを用意していたのかと苦々しく軽く拳を握った。
「あなたが番反対派のトップだとバレているので、それがあっても難しいんじゃないでしょうか。ハンネス隊長たちをはじめとして軍があなたを何としてでも捕まえようとするでしょう」
「私が捕まってもたくさんの仲間がいますから。番ではない者を番と認識させる、あるいは番という概念を消す薬はどうやっても作れなかった。強い薬を使うとサーシャのようになるだけ、記憶喪失になっても番は分かります」
「あの。セイラーンは薬で有名なのに……マクミラン公爵夫人を助けられなかったんですか? 解毒はできなかったんでしょうか」
「公爵が早急に事を進めたので、彼が使ったのは粗悪な強い薬でした。不純物も多く解毒ができなかったのです」
話しながら索敵魔法を使う。身を隠すのをやめたようで、今のところ分かるのは全部で四体。
一体エーギルはどんな意味で「おそらく大丈夫だろうが注意はしておけ」と言ったのだろう。オウカ自身が来ると思っていなかったのか、エーファに追いつく前に捕まえられると踏んでいたのか。それならもう少し時間稼ぎをしようか。騒ぎに乗じて逃げればいい。
「だから、仕方がなかったんです。サーシャには尊い実験台になってもらいました」
考え事をしていたエーファを見抜いてあざ笑うような言葉に思わずオウカを凝視した。今のは一体どういう意味だろうか。この人は公爵夫人の友達だと言っていなかった? もしかして解毒もできないし一生あのままなら他の薬を使ってみてどうなるか実験したということ?
「さて。エーファ様が教えてくださらないなら少々痛い目をみていただくことになります。心苦しいですが体に穴があくかもしれません。こういった強い自白剤も使いたくないですが、教えてくださらないなら仕方がありませんね」
オウカが懐から出したのは不気味な緑色の液体。それに合わせて後ろの茂みがガサガサ動く。よく調教された鳥である。
「エーファ様はご自分のためだけに得た情報を使うのですか? その情報があればセレンティア嬢だって死ななくて済んだかもしれないのに。他にももっと多くの人を救うことができます」
セレンの名前に一瞬だけ体が震えたものの、茂みに目を向けてからオウカに対して極めて友好的に見える笑みを作った。オウカは緑色の液体をしまって嬉しそうにする。
「教えるべきことは何もありません。私はギデオンになんにもしていないんですから」
セレンの名前を出されて少し動揺した。エーギルに番紛いを飲ませていれば、セレンも今エーファの隣にいたかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。ドラクロアに出発する際に彼女の愛する人は殺されている。騒ぎはマルティネス侯爵の耳に入っているだろう。帰ったところでセレンはまた政略結婚させられるだけではないだろうか。彼女の愛した人がいないこの世界で。
オウカの笑顔がぴしっと凍り付く。一瞬をエーファは見逃さなかった。
「蒼天を断つ 柔らかな陽光をその光で閉ざせ 雷火四閃!」
ハンネス隊長たちといた時に使ったのと同じ魔法が四つ展開される。狙ったところに雷が落ちたが、一体のブラックバードを仕留め損ねたようだ。茂みから勢いよく飛び出てきたブラックバードが向かってくる。
オウカがどうなったかも見ずにエーファは背を向けてジグザグに走った。
必死に走りながら詠唱よりもこの距離なら拳銃がいいと腰に下げたままのホルスターに手を伸ばし、拳銃を取り出し振り返る。ハンネス隊長に返し忘れたものだ。
まさに引き金を引こうとしたエーファの前に白いものが躍り出た。