反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 愛は崇高で美しく輝いていて、誰をも幸せにして世界を明るくするものだと信じていた。
 でも、ドラクロアに来てからは全く違った。番への愛はドロドロして体にまとわりつくようで執着と独占欲と自信のなさに裏打ちされている、別物のようだった。

 番への愛に色や形があるのなら、どす黒くてこすってもこすっても取れないヘドロのようなものなのではないか。それを愛と呼ぶのだろうか。あんなにドロドロして汚いものを愛と呼ぶんだろうか。

 セレンは愛を貫いた、ように見えた。じゃあ、オウカは?
 オウカもずっと婚約者を想っていたようだった。彼は殺されてはいないものの、オウカはずっと復讐のタイミングを見計らっていたのだ。それか、ドラクロアでの生活で心が折れかけたのだろう、心の支えになったのが婚約者と別れさせたことへの恨みだったのかもしれない。

「セイラーンのあの男を殺しておけば違っただろうか」
「それならもっと恨まれていたはずです」
「お前も同じか、エーファ・シュミット。オウカがあれほど気にかけていたんだ。家庭教師までやると聞いて、お前もオウカと一緒だと分かっていた」
「私はドラクロアを滅ぼそうとはしません」
「恋人が浮気をした時に何を責めるかによるな。浮気した恋人を恨むのか、近付いてきた異性を恨むのか、それとも浮気を許容する世間を攻撃するのか」

 宰相は拳銃をもてあそぶのをやめた。

「エーファ・シュミット。お前の起こした小規模爆発でそろそろ隊員たちが集まってくるはずだ。早く行け」

 怪訝な目を宰相に向けると、さらに言われた。

「拳銃は拾ったとでも言っておく。早くしないと気が変わるぞ」
「そんなに、私って分かりやすいですか?」
「俺は自分の番以外に興味はない。説明する気はない」

 宰相には鼻で笑われた上に、犬でも追い払うように手を振られる。エーファは一礼して背を向けた。

「秘薬は過信しない方がいい。なぜなら、あれは『竜の秘薬』だ」

 その言葉はエーファの耳には届かなかった。

***

 甘い。抗いがたい甘い香り。
 ギデオンはまるで夢の中にいるようにふわふわしていた。ある日突然こんな感覚になったのだ。エーファをあのパーティーで見つけた時よりも濃く強く甘い香り。

 何も考えられなくなって気付いたらタバサと一緒にいた。これが番の香りなのだろうか。
 頭の片隅に何か引っかかるものの、夢中になった。でも、エーファを見たら頭の中の霧が晴れた感覚になる。彼女に謝らなければならない。彼女に何かを伝えなければいけない。そんな気分になるのだ。

「ギデオン様。リオル家のパーティーには私を連れて行ってくれますよね?」

 タバサはずっとギデオンにくっついてくる。甘い香りにくらくらするが、同時に「何なんだ、この下品な女は」という思いも一緒に湧き上がってくる。だが、香りには抗いがたく彼女の体に手を伸ばした。

「仕事があるんじゃないのか」
「みんなが行ってきていいって。火傷もしてるのでみんな気遣ってくれるんです。それで、あのぅ。早くドレスを仕立てないと」

 おかしい。頭にやはり何かが引っかかる。エーファはこんなことはなかった。エーファはこんな下品な媚びた声ですり寄ってこない。トロンとした目で俺を見ない。彼女の目には強い光が宿っていて、階段から見下ろされた時はゾクゾクした。

 香りはこの女が番だと示している。でも、頭の片隅にずっと何かが引っかかっている。重要な忘れてはいけない何かが。

 タバサに吸い寄せられて寝た日、父に殴られてできたアザがまだ治らない。気になって頬を触っていると、タバサが頬に手を伸ばしてきた。思わず、その手を叩き落とす。

「あ」
「あぁ、すまない。触られると痛いんだ」
「ごめんなさい」

 せっかく、何かを思い出しそうになったのに。
 訳もなくイライラしていると、執事長が慌ただしく入ってきた。タバサは邪魔されたとばかりに機嫌が悪くなる。執事長がこんなに慌てているということは緊急事態だというのに、なぜこいつはこんな顔をするのか。何も考えていないバカな女なのか。

 エーファならこんなことはない。いや、なぜ彼女のことばかり考えるんだ?
 番が間違っていただけじゃないか。父は苛立っているが、間違えてしまったものは仕方がない。こんなに甘い香りを間違えたなんて、息子をバカだと思いたい気持ちは分からなくもないが。父は番がドラクロアにいなかったんだからこの香りを嗅いだ感覚など分からないだろう。

「どうした」
「奥様が……お亡くなりになりました」

 パリンと頭の中で何かが割れた音がした。
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