反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

10

 エーファは何となく嫌な感じがして振り返った。

「お嬢さん、どうしたんだい?」
「いえ、なんだか……」

 乗合馬車で隣合って座っていた老人に声をかけられた。

「鳥が多いなって」

 やたら窓から鳥が見える。バサバサと集団で飛んでいく鳥から一羽で飛んでいく鳥までさまざま。

「そういえば今日はやたらと多いような」

 老人とそう話していると一羽のカラスがこちらを見て目が合った、気がした。
 明らかにそのカラスは馬車の中のエーファを凝視している。やがてカラスは狂ったように鳴き始めた。

「何かあるんじゃろうか」
「何なんですかね……獣じゃないといいんですけど」

 ヴァルトルトへと帰る旅は快適だった。ドラクロアに連れて行かれる時は地獄だったが、今回は旅自体を楽しんでいる。

 スタンリーは今どこにいるだろうか。魔物対策局だから出張が多いはず。でも、シュミット領やオーバン領に寄って帰国が早々に家族にバレてしまうのも嫌だから……やはりまずは王都に行ってスタンリーがいるか確認した方がいいだろう。

 鳥のことは気にせず、エーファはそんなことを考えていた。


 軍での給料がもらえていたのと、公爵邸から持ち出したものを売ったのとで旅費はしっかりと賄うことができた。

「あの、スタンリー・オーバンはいますか? 親戚なんですけど」

 一カ月かけてヴァルトルトの王都に到着し、すぐに魔法省の寮に向かった。

「オーバンは寮じゃなくて家を借りてるよ」
「え? そうなんですか?」
「途中まで寮住まいだったけどね。上の階の騒音が酷くて寝れないって郊外に伝手で借りたんだよ」

 寮の住所を覚えていなかったということもあるが、途中の国でスタンリーに手紙を出さなくて良かった。

 それにしても家賃を払ってまで部屋を借りたのは仕送りしなくていいからだろうか。となると、王家からはきちんとお金は出たのだろう。王都で新聞を買ってもシュミット男爵領の工事のことなどのっていないだろうから確認するには領地まで行かないといけない。

 魔法省の誰かの親戚が大家で、格安で借りれたという一軒家に向かって歩きながら、エーファは頭の中でそんなことを考えるのに忙しい。先ほどから遥か頭上をトンビか何かが飛んでいて、ハトが側の木でクルクル鳴いていたがエーファは考え事に忙しかった。

 あれだろうかという家が見えてきた。本当に郊外で、寝坊したら出勤が大変そうな場所である。でも、スタンリーは些細な物音で起きてしまうような人なので寮生活は合わなかったのだろう。

 目を凝らしながらエーファが家に近付くと、誰かが家から出てきた。
 スタンリーだ。

 ドラクロアに行く前よりも彼の髪の毛が伸びている。魔法省に就職したからか約十一カ月離れている間に少し大人びた顔つきになった気もする。

「スタンリー!」

 思わず叫んで駆けだした。鍵でも探しているのかポケットを探っていた彼が顔を上げてこちらを見る。

 駆けている最中にエーファのかぶっていたフードが取れた。エーファを認識したスタンリーの目が大きく見開かれる。

 彼の口が自分の名前を象るかと思われたその時、嫌な音がした。

「え?」

 何か黒い影が横切ったような気がする。スタンリーの前を。
 スタンリーが胸に手を当てた。肩から腹にかけて切り裂かれている。驚いた表情のまま彼はゆっくり地面に崩れ落ちた。

「スタンリー!」

 さっきとは違ってひりついた、ほとんど悲鳴に近い声が喉の奥から出た。
 慌てて駆け寄ると傷は深かった。ショック状態になりながらもスタンリーは治癒魔法を自分に使おうとしている。

 カラスがギャアギャア狂ったように鳴いている。

 エーファは顔を上げた。そして、いつの間にか目の前に音もなく立っていた、ここにいるはずのない銀髪の男と目が合った。

「……ギデオン」

 手が恐怖と怒りで震える。エーファの声を聞いてギデオンは片手についた血を払いながら柔らかく笑った。
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