反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第十一章 さよならの前に

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 真っ黒な目と目が合った。あまりに黒いので、後ろに白い天井がなければ深淵に覗き込まれているのかと思っただろう。

 エーギルが目を覚ましたのを確認して、その深淵は満足げに距離を取った。

「俺は……また、死ねなかったんですか」
「老いぼれに発砲までさせておいて何を言っておるんだ」

 レガロは覗き込んでいた体勢を直すとイスに座った。エーギルはその様子を首をひねって追う。

「五分経ってワシが現場に行った時、お前は気絶していてギデオンに首の骨を折られる直前だった」

 エーギルは思わず首に手を当てた。少し考えれば先ほど自分はきちんと首を動かしていたのだが、無事を確認せずにはいられなかった。

「だから発砲した。ギデオンは逃げた」

 レガロは側に置いていた杖を軽く持ち上げた。この杖が銃に改造されていることを知る者は少ない。引退したいと言っている割に抜け目なく危険な老鳥である。

 エーギルは記憶を探ってみたが、ギデオンとの殺し合いがどうなったかは今一つ思い出せない。だが、最後まで情報は喋らなかったはずだ。

「お前への殺人未遂でギデオンを捜索させたが、すでにドラクロアを出たようだ」

 あぁ、俺が口を割らなくてもギデオンはエーファが生きていると勘づいてしまった。

「……閣下。俺は行かなくてはいけません」

 レガロは珍しく面白そうな表情になって目じりにシワを寄せた。

「どこまで」
「ヴァルトルトまで」
「それはそれは、遠いな」

 レガロは勘づいているようで具体的なことは言わないものの、ひたすら口角は上がっている。

「なぜ、今さっき起きたばかりのお前がわざわざ他国に行く必要がある」
「これ以上後悔したくないからです」
「若いのに後悔しておるのか。さっさと忘れればいいものを」
「……はい」
「どうやって行く。お前は一週間意識がなかったから体力も落ちている。もともと足も速くない。今から行ったところで、ギデオンはエーファ・シュミットを殺すか連れ帰るかしているのではないか」

 レガロの言葉は胸に刺さったが、エーギルは無視して起き上がる。腕をついたところで一週間寝込んでいた影響で力が抜け、体勢を崩してしまう。

「慌てるな。参謀部隊なのにノープランで行くつもりか」

 レガロはエーギルの無様な様子を大いに笑っていた。

***

「ギデオン」

 これまで見たこともないほど柔らかく嬉しそうに笑う男をエーファは見上げた。

 今日ほど太陽を憎たらしく思うことはない。こいつの顔なんてもう二度と見たくなかった、見ないで済むと思っていた。そんな男にも平等に太陽の光が降り注いでいる。その顔が見えるだけで腹が立つ。

「エーファ。やっと会えた」

 気持ち悪さで寒気がした。なんで……番紛いを飲ませたはずなのに。タバサとかいう使用人に夢中になっていたじゃないか。

 ドンと音がした。結界はすぐに張っておいたが、その結界にギデオンが触れたのだ。結界は今のところ割れずに保持されている。

「えー……ふぁ」

 下でスタンリーの掠れた声と早い息継ぎが聞こえる。頭は打っていないから移動させても大丈夫だろう。
 ギデオンはちらりとスタンリーを見ると、再度結界を叩いた。さっきよりも強くドンという音が響く。

「一緒に帰ろう。迎えに来た」

 奇妙なほど彼は笑顔だ。こんなギデオンは見たことがない。

「タバサはどうしたの?」
「あんなアバズレは殺した。何とも思わないから番じゃなかったんだ」
「なんでそんな風に……笑ってるのよ」

 どうしてタバサを殺したことを笑顔で話せるのか。唾を飲み込みながら身体強化をかけて準備をする。

「エーファ。もうタバサはいないから一緒に帰ろう」

 気持ち悪いくらい穏やかな声で話をされる。スタンリーの傷は深いが致命傷ではない。でも早く手当しないと。治癒魔法も使えないようだし。

「それよりも。どうしてここに、いるの」
「エーファの香りを追ってきた。エーギルがどこにいるか吐いてくれなかったからな。でも、エーファは死んでないと思っていた」
「まさか……」
「エーギルは殺してない。殺し損ねた」

 怖い、怖い。悲鳴を上げそうになるのを堪えた。そもそもエーギルは殺されかけてまでエーファを庇う必要性はない。幼馴染なのにギデオンが手をかけようとする意味も分からない。

 狂ってる。何なの、こいつ。

 激しく混乱して呼吸も浅くなった。恐怖と怒りで手も小刻みに震えている。

「エーファ、そんな奴は放って帰ろう。愛してるんだ」

 ギデオンは結界のギリギリで愛おし気に手を伸ばしてくる。「愛してる」という言葉に奥歯を噛みしめた。スタンリーの体を強く抱きしめて結界をさらに張る。

「ねぇ、ギデオン」

 呼びかけると、ギデオンは異様に嬉しそうにした。

「あんただけは刺し違えてでも殺す」
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