反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「なんで……リヒトシュタインがここに?」

 久しぶりに会ったのにそんな月並みなセリフしか口から出てこず、情けなさに思わず涙は引っ込んだ。スタンリーを抱えていることに何か言えばいいのにとか、これまでどうしていたのかとか、母親であるエリス様は弔えたのかとか、頭の中で言葉だけは回るのに。

 しかもこれほどの威圧感を彼は放っているのに、エーファは今の今まで全く気配に気付かなかった。襲撃されていたら危なかった。

「隠居間近の老獪な鳥のお節介だ」
「老獪な、鳥?」

 首を絞められた余韻でまだ頭に酸素が足りていないのかもしれない。話している内容が理解できない。

「ギデオン・マクミランがお前を追って国を出たと知らせてきた。ほら、あの辺りも鳥人によって送り込まれた偵察用の鳥たちだ。騒々しい」

 ギョェェェとカラスが木の上で騒々しく鳴く。

「隣国からどうも鳥が多いと思った」
「だろうな。人間では気付きにくい。言葉も分からん。あとは、こいつだ」

 青いトカゲがリヒトシュタインの手のひらに乗っていた。

「エーギル?」
「このトカゲもうるさかった。俺を乗り物にしたトカゲ獣人はこいつが初めてだ」
「なんでトカゲのままなの」
「この姿の方が傷の再生が早いのと、今は俺の飛行が荒かったようで気絶している」

 気絶したトカゲに思わず笑ったが、今はそんな場合ではなかった。慌ててギデオンのいる場所を探す。銀色の大きなオオカミがこちらを怪訝そうに眺めながら唸っている。

「認識阻害をかけているから、あいつからこちらの位置は分かるまい」
「……竜人って何でもできるから嫌い」
「だが、あいつは気配を感じているだろう」

 リヒトシュタインはスタンリーを地面に寝かせると肩をすくめた。

「そろそろ誤魔化せなくなる。オオカミ獣人は鼻がいいからあいつら相手に竜人の香りを誤魔化すのは困難だ。ほら、獣化までしているからもう勘づいている」

 銀色のオオカミは一歩一歩こちらに近付いてきていた。

「いけるか」
「当然。あれは私の獲物よ」
「俺は手伝わない」
「あなたが手伝ったらこの辺り一帯が消し飛びそう」
「その通りだ。ついでにその腕だって治癒のできる竜人が触ったら腕が消し飛ぶ」
「うわぁ。せっかく怪我したこと忘れてたのに思い出させないでよ」

 骨折した腕がジンジンし始めた。

「この男はこっちで見てるから大丈夫だろう」
「けほっ、助かる。ありがと」

 首を絞められた余韻がやはり残っている。空中戦の方がいいけれどこの状態では長く風魔法を使うのは難しいだろう。
 でも、リヒトシュタインがスタンリーを守ってくれる。それだけで気持ちが楽だ。

 しかし、よく考えるとおかしい。リヒトシュタインはそこまで私を助けてくれるような関係だっただろうか。番紛いについての情報をくれた時点で彼はかなり良くしてくれているが。
 歩を進めようとして振り返る。リヒトシュタインは楽し気に腕を組んでこちらを眺めているだけだ。

 最強の存在である竜人の考えなど理解できない。セミの悪あがきでも見ているつもりだろうか。
 痛みで震える腕を無視してリヒトシュタインの認識阻害範囲の外に出た。素早く手を組む。

「跪け! その血・肉・骨の欠片さえも 赤き太陽の前に贖罪せよ! 光と火をもって果てに闇無し! 神火の烽火!」

 さっきはこの魔法をギデオンに避けられたけど、今度は外さない。明るい光が視界を満たす中、警戒してエーファは風魔法で浮き上がった。

 だが、緻密な操作ができずに空中でバランスを崩した。軽く舌打ちする。
 広範囲に高温の火魔法を放ったからおそらく死んでいるだろうが……バランスを崩しながら地面に目を向ける。

 オオカミの足らしきものが見えて安心した時だった。
 あまり高くは浮かび上がれていないエーファの前に黒い物体が飛び上がってきた。反射で骨折した腕を前に出すと腕と肩に衝撃が走る。気付いたら目の前に腕と肩に噛みつくオオカミがいた。

 火魔法の爆風に乗って普段より高く飛び上がったようだ。

「どれだけっ! しぶといのよ!」

 折れていない方の手でオオカミの鼻面をつかんで火魔法を使った。ギデオンは唸りながら強く腕と肩を噛んでくる。エーファの腕が噛みちぎられるのが先か、ギデオンが死ぬのが先かだ。

 やがてエーファは風魔法を操作できずに落下した。
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