要注意⚠︎この恋罪悪につき
然し君、恋は罪悪ですよ
 おはようつまらない世界。おはようつまらない現実。そしておやすみファンタジックな夢。なかなか面白い内容だったのに……。
 朝起きて落胆する。夢が現実ではないと気づいてしまうからだ。今日の夢は、学校に立て籠ってモンスターと闘う、というものだった。最近読んだ小説に影響されているらしい。
 寝覚めはいい方。ぱっと目が覚める。なぜなら、現実逃避したって、現実は現実で、夢の中に閉じこもることは不可能だから。誰かが私を夢の中に監禁してくれるというなら話は別なんだけど…。そんなことはありえない。小説でもあるまいし。むっくり起き上がって、布団から出る。私の部屋は今どき珍しい和室だ。クローゼットの代わりにあるのが押入れ。高校の制服であるセーラー服を取り出すと、着替える。紺色のスカーフを巻いて完成。これまた今どき珍しい姿見でチェックして……私はずっこけそうになる。ね、寝癖が酷い………。癖の強い黒髪がぴょんぴょん跳ねていた。柔らかい髪をなんとかくしでとかす。今朝は前髪がはねていないだけましだ。それから私は、ギシギシ鳴る古い木の廊下を歩いて洗面台へ向かうのだった。



「冬子。学校はどうだ」

 お父さんが、朝食の席で言う。

「普通。あ、図書室が大きくて素晴らしい」
「それは毎日聞く…そ、そうじゃなくてだな?もっと、ほら、『誰々ちゃんと仲良くなったー』とか、『何部に入ろっかなー』とか、『お父さん、実は彼氏できた』とかなんかないのかい?あ、彼氏は……まだ早いよ?お父さんが言ったからって作らなくていいからね?ふゆちゃんにこんなに早く彼氏ができたらお父さん……」

 お父さんは、自分で言った言葉に自分で傷ついている。40代になった今でも、会社で格好いいと噂されるくらい男前だというのに、その親バカっぷりで全てが台無しだった。

「亮平さん、大丈夫よ。こんな本にしか興味がない女の子に、男の子が寄り付くわけがないわ」

 今度はお母さん。微妙に失礼なことを言う。だがしかし、否定はできない。

「だけど……だけど、ふゆちゃんは、裕子さんに似て可愛いから…いくら本の虫とはいえ…」
「何言ってるのよ。忘れたの?この子、初めて結婚したい!って言った人、お父さんじゃなくて『赤毛のアン』のギルバートだったんだから。当時6歳でギルバートよ。どう考えたって理想が高いわ」

 今でも好きですギルバート。心の旦那。

「その次に好きになったのは『秘密の花園』のディコンだったわね」
「それでその次は『ハリーポッター』のシリウスだった……。その次は……って、今は誰なんだ冬子よ」
「太宰治。養いたい」

 唖然とする両親。最近太宰治の作品を読み漁っているのだ。好きになって当然では?私は固まる両親を尻目に手を合わせてごちそうさまをする。立ち上がると部屋へ通学用リュックを取りに行った。廊下を走って、玄関へ向かう。……と、目の前に立ちはだかるのはお父さん。

「冬子……!太宰はちょっと……!」
「なんで」
「冬子を不幸にしたくはない!」
「いや、小説家だから。もう亡くなってるから」
「いやいやいや…冬子ならありえる!太宰に影響されてそういう男に……!」
「いってきます」
「冬子おおおおおおおお」


 恥の多い生涯を送ってきました。自分には、人間の生活というものが、見当付かないのです。
『人間失格』に、そんな言葉がある。
 私は、普通の人の生活が理解できなかった。例えばゲーム。私には本を読むことの方がよっぽど面白かった。例えば学校。友達作りよりも本が大事だった。例えば恋愛。そんなの本の中だけでじゅうぶんじゃん。私はごく普通にそう考えていた。今だってそうだ。以前よりは人と関われるようになったし、読書よりも楽しいと思える瞬間は少しはある。けれどもやっぱり普通の人とは違うのである。同級生がせっせと恋愛に精を出している間私は、太宰全集を読み漁っている。
 現実世界の青春と小説の中の青春との違いに落胆して夢を見るのはやめた。私にはきっと、学生らしいことは向いていない。青春や恋愛は本の中だけでじゅうぶん。総合していうと私って、『学生失格』なんだと思う。



< 1 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop