無茶ぶり王子の侍女を辞めさせられて、外の世界に出たら滅茶苦茶楽しい。

2


 目が覚める。
 ぱちっと目を開け、此処はどこだろうときょろきょろする。止まっている馬車の上だ。


 目が覚めたら早く、カシューム殿下の元へ行かなければ……と思考してしまう。だけど、次の瞬間、そういえば解雇されたのだったとはっとする。



「起きたの? おはようセラムちゃん」
「おはようございます。申し訳ございません、私、眠ってしまっていたみたいで」


 まさか、のせてもらっている馬車の上で眠ってしまうなんて……! と私は頭を深く下げる。


「そんなに謝らなくていいのよ! 誰もそのくらいで怒ったりなんかしないわ」


 そんな風に言われて不思議な気持ちになる。


 私の仕えていたカシューム殿下は、いつも怒っていた気がする。私はカシューム殿下が起きるよりも早く起きる必要があり、眠るのもカシューム殿下が眠った後でないと駄目だった。
 カシューム殿下は起きる時間も予測できない。気まぐれに早朝に目を覚まされた時なんて、毎回怒られていた。私はカシューム殿下に仕える侍女として早起きしなければならないからって。
 思えば他の侍女達は交代制なのに、私は常にカシューム殿下の傍に控えている必要があった。



「今はね、村で止まっているわ。夫が買い物をしているから少し待っていてね」
「起こしてくだされば、そのぐらい私が……」
「駄目よ。あんなに眠っていたなんてよっぽどつかれていたのでしょう? 若いのにそんなに無理しては駄目よ。若い時の無理って、後々に響くのよ?」


 そんな風に商人の奥さん――ツヤさんには言われてしまう。


 私は若くて体力が沢山あるからって、仕事を想定以上に任されることも多かった。だけど、ツヤさんはそうではなく、ただただ優しい。
 ……なんだかびっくりしてしまう。
 私にとってこんなことを言われるのは、久しぶりだったから。



「ありがとうございます」
「それにしても貴方はどんな暮らしをしていたの? 大変な暮らしだったのは分かるけれど……」
「えっと……そうですね。私は高貴な方に仕えておりました。拾ってくださった人……母様がその家に仕えていたので。それで長い間仕えていたのですが、怒りを買ってしまって解雇になってしまったのです」
「まぁ……そうなのね。裸足だったのはどうして?」
「支給されたものは全部返すように言われたためです」
「靴を持ってなかったの?」


 ツヤさんは訝し気な顔で、私に次々と質問をする。
 流石に仕えていた相手の名を出すことはどうかと思っていたので、端的に説明をする。


「支給されたもの以外は持ち合わせていませんでした。だから裸足で向かうしかなくて……」
「……酷い職場だったのね」
「どうだったのでしょう? 私は別の職場を知らないので、何とも言えないですが……。ただ衣食住はきちんと与えられていたので本当に酷い職場ではないとは思いますが」



 カシューム殿下や周りもよく言っていた。


 私は恵まれているのだと。
 そもそも記憶喪失で身寄りのない私が、王城などという素晴らしい場所で働けたのは幸運だとそうずっと言われていた。
 それは感謝すべきことであると。
 確かに私はその通りだとは思った。



 だって世の中にはお金や環境が整っていけなければ、飢え死にしてしまったりなどがあるのだから。
 生きていくための手段もない。そのまま死んでしまうしかない人が世の中には多くいるから、それに比べると私はずっと幸福なほうなのだと。


「いえ、酷い環境だと思うわ。セラムちゃん、貴方、これからの当てはないのでしょう? 貴方が良い職場に出会えるまでちゃんと見守らせてもらうから」
「……そこまで、してもらっていいのですか? 私、本当に何もお礼は出来ません」
「大丈夫よ。そんなもの要らないもの。気になるというなら、働いて手に入れたお金で何か驕ってもらおうかしら? 一緒に食事をしたりデザートを食べるのも楽しいわよ」
「……デザートですか」
「ええ。セラムちゃんは何が好きかしら?」
「えっと、果物のケーキなどは好きです」




 私はツヤさんの言葉にそう答える。


 思い出すのは、幼い頃の記憶だ。
 母様が居た頃はそういうデザートも時々食べていた。
 母様が亡くなった後はそういうのは食べられなくなった。久しぶりにそういうデザートも食べたいな。……今食べると、久しぶりだからどのくらい美味しく感じるのだろう?
 私はそんなことを考えると、少しだけ楽しみになった。



「ふふ、なら良かった。おすすめのデザートのお店があるのよ。ぜひ、セムラちゃんにも食べてほしいわ。セラムちゃんは王都の方面から来たけれど、王都のお店は詳しいの?」
「えっと、あんまり……。小さい頃は連れて行ってもらったりしましたけれど、母様が亡くなった後は王都を歩くこともなくなったので」



 幼い頃は王都を歩いたことはあった。
 でも……小さすぎて覚えていない。
 買ってもらった髪飾りは、カシューム殿下が昔壊してしまった。そのまま処分されてしまったから、手元にはない。



 それからしばらくツヤさんと話していると、商人――フレンさんが戻ってきた。
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