村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

11 村娘と魔王の以心伝心

 魔王がユマの言葉に怒り、あるいは甘い容姿の少女に心まで甘く溶かされる愚王ならば、臣下のみならず言葉の主であるユマさえ失望したに違いない。
 ただ魔王は悪魔の王者たる存在で、それはユマにとっても幸いなことに、ユマの不用意な言葉に怒りも笑いもしなかった。
 魔王は平坦な声でさらりと答える。
「そう見えるか」
「あ、はい。失礼でしたら申し訳ありません……」
(王様とおっしゃるから、もっと年配の方を想像していたけれど)
 魔王はそれについては何も言わず、気にも留めていない様子で、そんな魔王を仰ぎ見ながらユマは率直に言う。
「私、新世界への道のことはよくわかりません。たぶんお役には立てないと思います」
 魔王がうなずいたのはそちらの言葉の方で、ユマは言葉で伝えていないにもかかわらず少し伝わったような気がしていた。
 ユマの断りにやはり魔王は怒りも笑いもせず、一斉にざわめいたのは周囲の悪魔たちだった。
「嘘だ、吐け……」
「身の程をわきまえろ、小娘……」
 揺らめきながら渦巻く水流のように、声たちがユマの身を責める。
 けれど魔王が片手を少し上げると、それだけでぴたりと声が収まった。
 魔王は顎を下げて口の端を上げる。笑ったようだった。
「よかろう」
「しかし、陛下」
 進言したのは、今まで黙っていたジャミーラだった。
「エクリプスは得体の知れぬものです。その娘から予言を聞き出す必要があります」
「相変わらず堅い女よ、お前は」
 魔王は軽く笑い飛ばすと、ジャミーラの方に目をやって言う。
「世界を常に壊すのが我らの宿命だ。私もそろそろいらぬものを捨てようと思っていた」
 ジャミーラが訝しげに顔を歪める。魔王は微笑をこぼして告げた。
「お前の留守中に、一つ城を焼いてきたところだ。ディノシリアムの爺にも飽き飽きしていたのでな」
「な」
 ジャミーラは灰色の目に驚きと恐れを抱いて主を見上げる。
「ノルジウム城を!? そんな、ディノシリアム殿は陛下に従順な君主でありましたのに」
 動揺を隠しきれないジャミーラに、周りの悪魔たちからくすくす笑いが向けられる。
「また言い出したよ……生真面目な者はこれだから」
「つまらない感傷だねぇ……」
 魔王は軽く手を持ち上げてまた悪魔たちを黙らせると、ジャミーラ、と銀豹の名を呼ぶ。
 どこか閨の中のささやきに似た声で、魔王はジャミーラに優しく声をかけた。
「あれがお前の庇護者であったのは遠い昔の話ではないか?」
「……陛下」
「可愛いことだ。爺がよろこんでいることだろう」
 ジャミーラが顔を伏せたのを見届けると、魔王は再びユマに目を向ける。
 紫の瞳に射すくめられた途端、ユマは自然と背筋が引きつるのがわかった。
 魔王は天気の話をするように事も無げに言う。
「お前を連れてこさせたのは、天使どもへのささやかな嫌がらせだ。悪魔にとって、崩壊は常のもの。忌むべきものでもない」
「そうなのですか」
(……新世界への道は、ここでは黙っておけと言われた気がする)
 ユマは魔王に言外に伝えられた気がして、前を向きながら胸を撫でおろした。
 ふいに闇の中から金切り声が聞こえてきて、ユマはそちらに目を向けた。
「離して、屋敷へ帰してよ……!」
 ユマは声で記憶を探り当てると、思い当たった名を呼ぶ。
「……ロスメルダさん?」
< 11 / 18 >

この作品をシェア

pagetop