村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。
12 実は気に入ってます
ユマが闇に向かって名前を呟くと、恐怖で上擦った声が返ってくる。
「そうよ。助けて、お願いだから家に、カイエの元へ帰して!」
「あ……」
混乱も露に叫ぶ令嬢の声に、ユマは言葉を失う。
魔王は金切り声に煩わしそうに、側近らしい女性に声をかけた。
「何事だ、エキドナ」
魔王が問いかけると、ロスメルダを連れた女性悪魔が現れる。
赤褐色の瞳を持つ、人間とほとんど姿形は変わらない女性だった。妖艶な蜂蜜色の肌に、濃厚な赤毛が蛇のように幾重にも絡み付いている。
エキドナと呼ばれた悪魔は、甘い声音で魔王にささやく。
「部下の戦利品として献上された女ですわ、陛下。しつけがなっておらず、申し訳ございません」
ユマが闇の中でちらと見たロスメルダの姿は、悪魔に口元を押さえられて悲鳴を封じられながら震えていた。魔王の視線を受けると、それにも怯えて目を逸らす。
エキドナは嗜虐的な笑みを浮かべて言う。
「鳴き方を覚えさせてから御前に出しますわ。さ、連れておいき」
エキドナが部下らしき者に指示を出すと、ロスメルダが引っ立てられていく。
「助けて……!」
必死の形相で声を振り絞るロスメルダに、ユマは我に返る。
悪魔たちのやり取りに呑まれていて気づかなかったが、ここで離れれば二度と会えないかもしれない。ユマは慌てて前へ進み出た。
「あ、あの! 魔王様、お願いしたいことがあります」
突然緊張感のない声で言い出したユマに、魔王は紫の瞳を向けてつぶやく。
「言ってみよ」
「ええと……」
(どうにかして、ロスメルダさんは助けないと。カイエのためにも)
ユマは一度考えをまとめると、言葉を切り出した。
「ロスメルダさんを帰してあげてください。その……」
ユマは意を決して、魔王を真っ直ぐにみつめながら言った。
「私が身代わりになります。至らない点は多いかと思いますが、どうか彼女は見逃してください」
ユマは膝をついて床に手もつくと、頭を垂れて懇願した。
(ロスメルダさんは帰してあげないと。この際、私はどうなったって構わない)
かつてカイエが天使のようだと称した、その自己犠牲の精神そのものでユマは目を閉じた。
ふいにユマの頭上で、魔王が皮肉げな笑い声を洩らす。
「取引をしようというのか。悪魔と人は対等ではないぞ」
見下すようで楽しげに魔王は冷笑し、ユマを見やって言う。
「ただ、気は削がれた。お前には選ばせてやろう」
魔王はエキドナを振り返って命じた。
「そちらの女には、謁見の間を騒がせた罰を与えよ。後の処遇はお前に任せる」
エキドナは恭しく礼を取って笑った。
「そのように。いずれ陛下のお気に召すような玩具としてお返しいたします」
エキドナの舐めるような目にロスメルダは震えたが、側にいる奴隷に引きずられるまま抵抗もできない。
「嫌ぁ……助けて、帰して!」
「あ……」
声はあるときから煙のように消え失せて、魔王は去っていったエキドナたちのことなど忘れてしまったように、玉座に腰掛けながら言葉を紡ぐ。
「謁見は以上だ。ジャミーラ、わかるな」
「……御意」
ジャミーラは多くを聞かずに承知したようで、安心したように一息ついてユマを振り向いた。
(どうしましょう。ロスメルダさん、連れていかれてしまった……)
ユマは呆然としながら、ジャミーラの後について謁見の間を出る。
ジャミーラは先に回廊に出て、周りに人目がないことを確認する。
それからジャミーラは、うつむいたユマに口調を和らげて言った。
「割り切りなさい。これでもあなたは助かったんです」
暗い表情をするユマに、ジャミーラはどこか気遣わしげに囁く。
「一夜……になるかは、わかりませんが。陛下を受け入れなさい」
「え?」
不思議そうに首を傾げたユマを見て、ジャミーラは困った顔をする。
「……命を奪われるよりはよいですから」
自分に言い聞かせるように彼女は早口でそう言って、ユマを回廊の奥へと導いていった。
「そうよ。助けて、お願いだから家に、カイエの元へ帰して!」
「あ……」
混乱も露に叫ぶ令嬢の声に、ユマは言葉を失う。
魔王は金切り声に煩わしそうに、側近らしい女性に声をかけた。
「何事だ、エキドナ」
魔王が問いかけると、ロスメルダを連れた女性悪魔が現れる。
赤褐色の瞳を持つ、人間とほとんど姿形は変わらない女性だった。妖艶な蜂蜜色の肌に、濃厚な赤毛が蛇のように幾重にも絡み付いている。
エキドナと呼ばれた悪魔は、甘い声音で魔王にささやく。
「部下の戦利品として献上された女ですわ、陛下。しつけがなっておらず、申し訳ございません」
ユマが闇の中でちらと見たロスメルダの姿は、悪魔に口元を押さえられて悲鳴を封じられながら震えていた。魔王の視線を受けると、それにも怯えて目を逸らす。
エキドナは嗜虐的な笑みを浮かべて言う。
「鳴き方を覚えさせてから御前に出しますわ。さ、連れておいき」
エキドナが部下らしき者に指示を出すと、ロスメルダが引っ立てられていく。
「助けて……!」
必死の形相で声を振り絞るロスメルダに、ユマは我に返る。
悪魔たちのやり取りに呑まれていて気づかなかったが、ここで離れれば二度と会えないかもしれない。ユマは慌てて前へ進み出た。
「あ、あの! 魔王様、お願いしたいことがあります」
突然緊張感のない声で言い出したユマに、魔王は紫の瞳を向けてつぶやく。
「言ってみよ」
「ええと……」
(どうにかして、ロスメルダさんは助けないと。カイエのためにも)
ユマは一度考えをまとめると、言葉を切り出した。
「ロスメルダさんを帰してあげてください。その……」
ユマは意を決して、魔王を真っ直ぐにみつめながら言った。
「私が身代わりになります。至らない点は多いかと思いますが、どうか彼女は見逃してください」
ユマは膝をついて床に手もつくと、頭を垂れて懇願した。
(ロスメルダさんは帰してあげないと。この際、私はどうなったって構わない)
かつてカイエが天使のようだと称した、その自己犠牲の精神そのものでユマは目を閉じた。
ふいにユマの頭上で、魔王が皮肉げな笑い声を洩らす。
「取引をしようというのか。悪魔と人は対等ではないぞ」
見下すようで楽しげに魔王は冷笑し、ユマを見やって言う。
「ただ、気は削がれた。お前には選ばせてやろう」
魔王はエキドナを振り返って命じた。
「そちらの女には、謁見の間を騒がせた罰を与えよ。後の処遇はお前に任せる」
エキドナは恭しく礼を取って笑った。
「そのように。いずれ陛下のお気に召すような玩具としてお返しいたします」
エキドナの舐めるような目にロスメルダは震えたが、側にいる奴隷に引きずられるまま抵抗もできない。
「嫌ぁ……助けて、帰して!」
「あ……」
声はあるときから煙のように消え失せて、魔王は去っていったエキドナたちのことなど忘れてしまったように、玉座に腰掛けながら言葉を紡ぐ。
「謁見は以上だ。ジャミーラ、わかるな」
「……御意」
ジャミーラは多くを聞かずに承知したようで、安心したように一息ついてユマを振り向いた。
(どうしましょう。ロスメルダさん、連れていかれてしまった……)
ユマは呆然としながら、ジャミーラの後について謁見の間を出る。
ジャミーラは先に回廊に出て、周りに人目がないことを確認する。
それからジャミーラは、うつむいたユマに口調を和らげて言った。
「割り切りなさい。これでもあなたは助かったんです」
暗い表情をするユマに、ジャミーラはどこか気遣わしげに囁く。
「一夜……になるかは、わかりませんが。陛下を受け入れなさい」
「え?」
不思議そうに首を傾げたユマを見て、ジャミーラは困った顔をする。
「……命を奪われるよりはよいですから」
自分に言い聞かせるように彼女は早口でそう言って、ユマを回廊の奥へと導いていった。