村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

14 お母様誕生

 死にたいとは全く思えなかった。そんな自分に、ユマは首を傾げる。
 魔王はその答えを快しと聞いたらしい。うなずいて、ユマの頬に触れた。
「やはりな」
 魔王は心底楽しそうな笑みを浮かべて、ユマの頭に口付ける。そっと彼女の銀髪に指を差し入れて、子を慈しむようにそれを撫でる。
「お前は実に悪魔的な思考を持っているのだよ。信仰も、優しさも、すべてはお前自身のエゴから生まれたもの」
 奇妙に優しい口調で魔王は続ける。
「心の深淵では、お前はどんな残酷なものも笑って見ることができるだろうな」
「そう……なのでしょうか」
「ああ。我々と同種の美しい存在だ」
 ユマは目を細める魔王をみつめて、何度か瞬きをする。
 ユマには彼の言葉のすべては理解できなかった。信仰も優しさも、今まで当たり前のように心に抱いて来て、ユマを支えてくれた。
(でも私には、この御方の言っていることも否定できない)
 一度目を閉じて、ユマは光のない世界を瞼の裏でみつめる。
 白い月、その前で立つ自分、遠い日に見た夢を思い浮かべる。
「……あなたは、私が捜し求めていた御方なのかもしれません」
 ぽつりと呟いたユマに、魔王は眉を上げて問う。
「なぜ?」
「誰も教えてくださらなかった信仰をあなたはお持ちです。私には、あなたが酷く聖なるものに映るのです」
 揺るぎない決意をもって、ユマは微笑む。
「ここで生きていきます。私の本質が悪魔なのか、違うものなのか……知りたいから」
 生まれて初めて、ユマは強い願いを持った気がした。両親のため、兄弟のため、村人やすべての人たちのため。その上に、自分の望みが構築される。
 魔王は喉の奥を震わせて笑うと、ユマの顎を掴みながらささやいた。
「……面白い。その答えを導く手助けをしてやろう」
 魔王がユマの左胸に歯を立てた途端、ユマの体が大きく跳ねた。
「あ……っ!」
 体内に轟くような液体が流れ込んでくる。ユマは溶けた鉄を流し込まれたかのような激痛に身を震わせた。
「動くな。心臓が破れても知らんぞ」
「う……っく。や、ぁ……」
 ユマは悲鳴で訴えて、押さえ込む手を外そうともがく。それを魔王は冷たく微笑んで拒絶した。
 熱くも凍るようでもある生き物のような流れが体内を走る。ユマは全身を震わせてけいれんし、顔を歪めてただ悶えるだけ。
「こんなものか」
 時間感覚はまるでなかったが、やがて魔王が顔を離す。
「はぁ……っ、はっ……」
 ユマは目尻に溜まった涙を拭い、心臓の真上に手を置く。
 そこには血で描かれたかのように赤く、六芒星の文様が浮かび上がっていた。
「こ、これは?」
「私の魔力を少しばかり与えた。今のお前は半妖と呼ばれる状態で、生まれる過程そのものを生きることができる」
 息を喘がせるユマを見下ろしながら、魔王は彼女の頬に手を触れながら言う。
「体内で母から与えられる力を吸収して誕生するのが子という生き物だ。半妖の場合は悪魔の力を食らって自らの力を得ることができる」
 魔王は優雅に微笑んでユマに諭す。
「お前の中の悪魔……それが目覚めることでお前は真の姿を手に入れる。最終的にどのような姿で誕生するか、創り主の私も興味深いところだ」
 ユマは目をぱちくりとさせて、やがてぽつりとつぶやく。
「と、いうことは……魔王様がお母様ということですね」
 ユマは目を輝かせて力強くうなずく。
 お母様、その名前に魔王が微妙な顔をしたのは置いておいて、ユマは喜色を浮かべる。
「魔王様が師でありお母様とは、恐れ多いことです」
 ユマには一気に魔王が身近な存在に思えて、子どものように無邪気な笑顔を魔王へ向けた。
 ユマは母親にほめられたい子どものように、わくわくと告げる。
「がんばります、お母様! ではさっそく」
 きらりと目を輝かせて元気よく起き上がるユマを、魔王は易々と押し留めて問う。
「さっそく、何だ」
「どこからがんばりましょうか、お母様」
 魔王は少し思考を巡らせて、つまらなそうに頬杖をつきながら言った。
「今日は寝ろ。ここにいることを許す」
「そうですか……」
 うずうずと動きたがっているユマを見て、彼の君はユマを引き寄せながら頭の上に顎を置く。
「……変なものを拾ってしまった」
 ため息をつきながら笑い、魔王はまるでお気に入りの愛玩動物を腕に抱くように、ユマの頭をそっと優しく抱きしめた。
< 14 / 18 >

この作品をシェア

pagetop