村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

16 敵か味方か

 数秒の沈黙の後、わんぱくさにも自信を持っているユマでもちょっと不安な浮遊感があった。
「あぶないあぶない……」
 ユマは大した高低差はないと踏んでいたのだが、それは上から見た感覚だけで、実際はユマの身長の二倍ほどの高さがあったようだった。
 それでもユマは村娘の誇りにかけて足も捻らず元気に着地した。ただちょっと着地の場所を見誤って、畑に足を踏みいれてしまっていた。
「あ、いけない。お花が」
 ユマは足元でつぶれてしまった花に気づいて声を上げる。
 紫と赤の斑模様がある奇怪な花に、ユマがおろおろとしたときだった。
「あーらら。わたくしの可愛いべラドンナちゃんをどうしてくれるのかしら?」
 突然、誰もいないと思っていた花畑から人影が姿を見せた
 黒ずくめの衣装にとんがり帽子を身につけた、妙齢の女性だった。光を帯びた淡い赤髪の隙間から、猫のような金色の目が覗いている。
 ユマは慌てて女性に謝罪する。
「ごめんなさい! お花をつぶしてしまって」
「そうねぇ。これはなかなか育てるのが大変なのよ?」
 赤髪の女性はくすくすと笑いながら、ユマの顔を覗きこむ。
 彼女はふとユマの顎を取って目を細めた。
「……あら、かわいらしい子ねぇ」
 女性はにっと形の良い唇を引き上げて、妖しい笑みを浮かべる。
「お姉さんにちょっと悪戯させてくれるかしら? そしたら許してあげる」
「え、よろしいのでしょうか?」
 弁償方法を考え中だったユマは、その言葉に飛びつく。
「どんな風にすれば?」
「どんな悪戯かって?」
 女性は長い指をユマの唇に押し当てて、ユマの耳元で艶やかに囁く。
「こんな明るい所じゃ、話せないわねぇ……」
「そんな……じきに夜明けなのに」
「ふふ」
 女性はユマの頬に触れるだけの口付けをすると、体を離してユマを見る。
「まあ、冗談はさておき」
「あら?」
 ユマは首を傾げてきょとんと声を上げた。そんなユマに、赤髪の女性は明るく笑って返した。
「あなた、いちいち悪魔の誘いに乗ってたら身がもたないに決まってるでしょ? これはお姉さんからのありがたーいお言葉よ」
「あ、そうなのですか」
 ユマはこくんと幼い仕草で素直に頷く。
「ありがとうございます。これからは気をつけます」
「うんうん、素直でいい子ね。撫で撫でしてあげる」
 感触を味わうようにユマのふわふわした髪をなでると、赤髪の女性は畑の奥を指さす。
「こっちにいらっしゃいな。人間にここの空気は良くないわよ」
「はい、お邪魔しますね!」
 ユマはヒヨコのように女性の後を追う。女性はそんなユマに苦笑して、ユマの手を取って先に導き始めた。
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