村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

3 祭りの朝は早起きします

 はじまりの朝は、ある小さな村のありふれた日課から。
 ユマは、今日もしっかりと早起きして従弟を起こす役目を果たしていた。
「ほら、ロタ。もう起きなさい」
「ん……」
 春の惰眠を貪る従弟のロタに苦笑しながら、ユマは声を掛ける。
 ロタはまだねぼけ眼のまま、ユマに文句をつける。
「まだ真っ暗だろ」
「今日はお祭りよ? 準備しなきゃいけないことはいっぱいあるんだから」
 屈託のない笑顔を見せて、ユマはカーテンを引く。
 瞬間、白い光が祝福のように入り込んだ。
「カイエだって、帰ってくるんだもの!」
 長い銀髪が白い光の中できらきらと輝いた。
 ユマの紫の双眸は成長してますます輝きを増し、村の若者のあこがれの的だった。
 面倒くさがりなロタも、ユマの軽やかな笑い声には敵わない。ぽりぽりと頭をかいて、仕方なく寝台から体を起こす。
「レーヌは寝かしておいてやれよ」
 簡素な農作業の服に素早く袖を通しながら、ロタは立ち上がった。
「ん。じゃ、俺は鶏どもに餌やってくる」
「あ、それはもう終わったの」
「それなら乳搾りでも」
「さっき行ってきたわ」
「……ユマ」
 ロタは顔をしかめて、不満げに言葉を零す。
「俺を起こす意味がねぇよ。どうせ馬の準備も完璧なんだろ?」
「うん」
「よくもまあ、あんな弟に尽くせるな。家の金持ち逃げした奴に」
 憎々しげな言葉に、ユマは首を横に振って言う。
「いいのよ。カイエは賢い子だから」
「賢い?」
「ここは田舎だし、満足に書物も手に入らないもの。首都で思いきり勉強した方がカイエのためになるわ」
 ユマは微笑んで続ける。
「それに、本当に立派な修道士様になったでしょう? 私はそれが嬉しくて」
「……つくづく、ユマはお人よしだと思うよ」
 ロタがこぼした言葉に、ユマは瞳を瞬かせる。
「え?」
「あいつが立派な修道士か。ま、確かに見かけは天使みたいな面してるからな」
(……?)
 ユマはテーブルの準備をしながら、首を傾げた。
(カイエは優しい、いい子なのに。どうして?)
「人を中傷することは罪深いことだわ、ロタ。カイエは真面目に勉強して修道士になった、立派な子。もちろん天使様のお恵みも与えられるはず」
「その信仰深さには敬服するし、ユマを悪く言う気はない。ただな」
 疑いを知らない従姉の瞳を見返して、ロタは言う。
「あいつ……カイエは野心を持って首都に出たんだよ。そういうの、悪魔の気性って言うんだぜ」
「でも……」
「信用ならないね。今回の帰郷も、俺は素直に喜べない」
 ユマは困ったように口元を歪める。それを見て、ロタは首を横に振った。
「いいって。ユマはそのままでいてくれよ。その分周りが疑い深くなればいいだけだからさ」
 山小屋の外に、蹄鉄の音が近づいてくる。
 場の空気が少しだけ緩んだ。ロタが苦笑して言う。
「あのぎこちない馬の乗り方は、まさに奴の乗りこなしだ」
「まあ。実は私もそう思ってたところなの」
 くすっと声をもらしてユマは笑う。
 ロタは目を泳がせて、ふと言葉をかけた。
「あと、ユマ」
「なぁに?」
 ロタは顔をしかめながらユマにに諭す。 
「あんまりはしゃぐなよ。あいつは十八だし、職にもついたんだ。これからはますます俺たちと疎遠になるんだから」
「そうね。いつまでも可愛い弟扱いじゃ怒るかもしれないわね」
 馬のいななく声と共に、草を踏み分けて戸口へ近づく気配があった。
 蝶番の音が鳴って、古びた扉が開く。
 開かれた扉の向こうに、裾の長い優雅な修道服姿の青年が立っていた。
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