村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

4 お姉ちゃん、嬉しくてつい

 彼は背中まで伸びた金髪を緩く縛り、青い瞳は澄み切った空のように淡かった。
 ユマはそれを見て、胸にいっぱいの思いが迫って来る。
「……あ」
(どうしよう。やっぱり嬉しい)
 大人びた表情にはなったが、ユマにはどうしても幼く可愛い弟の面影が重なる。
 そう思ってしまうと我慢ができないのがユマだった。
「カイエ……!」
 ユマは満面の笑みを浮かべて、つい昔のように抱きつく。
「あ、姉上?」
「背も伸びたわね。立派になって」
 上擦った声を洩らすカイエの胸に、ユマは頭を押し付けて言う。
「ごめんなさい、いつまでたっても子どもっぽい姉で。でも五年も顔を見てなかったから、嬉しくて……」
 カイエは一度、手で空を切ってどうしようかと迷ってから。
 ぽんと、背の低い姉の頭を軽く叩いて苦笑した。
「いいえ。私も、久しぶりに姉上のお顔が拝見できて嬉しいです」
「カイエ?」
 聖書を朗読させたらきっと誰もが彼を天の御遣いと信じてしまいそうな、そんな凛とした声でカイエはささやく。
「歓迎されないと思っていました。長らく家を空けてしまったので」
「そんなことを考えてたの……」
 弟を仰ぎ見て、ユマは首を横に振る。
「喜ぶに決まってるわ。たった一人の、大切な弟だもの」
「姉上は本当にお変わりないですね。……周りと違って」
 ユマの背後で腕を組んでいるロタを一瞥して、カイエは冷笑する。それは姉に向けるのとは違う、皮肉を込めた笑みだった。
「ロタ、元気そうで」
「ふん」
 しばらく戸口で、ユマとカイエは抱き合っていた。ユマは興奮して弟との再会をひたすら喜び、カイエは姉を穏やかに見下ろしていた。
 ふいに歩きにくそうに草を踏み分けてくる足音が聞こえてくる。
「カイエ、待ってって言ったでしょ」
 戸口に現れたのは、大輪の薔薇を思わせるような華やかな容姿の女性だった。金髪の巻き毛が、貴族にしか着けるのを許されない豪奢な髪飾りと共に輝いている。
 カイエはユマの肩に触れたまま振り返って言った。
「紹介しましょう、メル。こちらは私の姉のユマです」
 メルと呼ばれた女性は、顎をつんと上げて尊大に告げる。
「私はロスメルダ・ル・ヴェルダ。カイエが寄宿していたヴェルダ家の娘です」
 それだけ言うと、彼女はさっとカイエの腕を引いて言った。
「宿に案内してくれるという話だったでしょう? わたくしを置いて先に行かないで頂戴」
「まあ、わが村にご観光にいらしたお客様ですね!」
 ユマは喜色満面に声を上げて、ロスメルダに言う。
「遠くからよくいらしてくださいました。私にお任せくださいな。存分にご案内……」
「こんな田舎の観光など求めていないわ。それに貴族のわたくしに口を利くとは失礼よ」
 ロスメルダは冷ややかにユマの言葉を遮ると、またすぐにカイエに目を戻した。
「カイエ、わたくし疲れたわ。早く足を休めさせて」
「仕方ないですね」
 カイエは渋々といった様子で応じると、ユマに振り向いて言った。
「メルを宿に送ってからまた来ます。……私はここに帰ってこられてうれしいですよ、姉上」
 カイエはユマに微笑みをこぼしてから、踵を返す。天使の微笑を思わせるように、汚れのない完璧な笑顔だった。
 カイエはロスメルダを連れてのんびりと山道を下っていく。
 そんなカイエを見送りながら、ロタはうさんくさそうに目を細めた。
「ろくでもない女を引っかけてきやがって。ユマ、気にするなよ。ああいうのは放っておけばいい」
「ううん、いいの。それにしても美しい方だったわね……」
 うっとりと頬を押さえて、ユマはため息をこぼした。
(都会には綺麗な方がいっぱいいるのね。カイエもきれいになるはずだわ)
 何だか意味が違うことを考えながら、ユマはうなずく。
 ロタは背伸びをしてから声を上げる。
「さてと。俺は村長のところに行ってくる」
「うん! 行ってらっしゃい!」
 毎度元気よく、ユマは従弟の背に声をかけたのだった。
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