村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

5 弟の下心つきのお願い

 その日は収穫祭で、国中の村人が朝から晩まで踊り明かす日だった。 
 ユマが住むラムズ村も例外ではなく、うららかな春の日差しの中で朝から祭りが開かれていた。
 ささやかな立食パーティで、酒を注いで回るユマに村人たちが微笑む。
「おお、ユマ。またべっぴんになったな」
「本当にねぇ。こんな田舎にはもったいないよ」
 今日のユマは葡萄色に染めたカントリードレスをまとっていた。その衣装自体は質素でどこにでもあるものだが、太陽そのものような笑顔が村人たちを明るく照らしていた。
 村人の褒め言葉を聞いたユマは、わくわくと弟の方を示して言う。
「まあ、とんでもない。私より弟の方がべっぴんさんです。自慢の弟をもっとごらんくださいな」
「そうだな。あの子どもがすっかり都会人になっちまって」
 ラムズ村は山間の小さな集落だったが、気候が比較的穏やかで暮らしやすいところだった。
 その中で小さいながら土地を持っているトランフォード家の姉弟は、色々と噂になることが多かった。
 妖精のように心優しい姉のユマ。
 それに首都の学院を首席で卒業して戻って来た、繊細な美貌を持つ弟のカイエ。
 それから二人には兄弟のように育った従兄妹がいて、昔からユマと親しんでいる。
 まだ七歳ほどの少女が駆け寄って来て、ユマの袖を引く。
「ねえさまー」
「あらあら。口にパンくずがついてるわよ、レーヌ」
 そっと口元を拭ってやるユマに、レーヌは甘えて笑う。
「ごめんよぉ」
「いいのよ。食事は美味しいかしら?」
「うん! ねえさまの作ったものは何でもおいしいよ!」
 楽師が弦を弾いて陽気なメロディを奏でると、レーヌは軽く足踏みして回転する。
「踊ってくる!」
「ええ。転ばないように気をつけてね」
 レーヌが踊りに飛び込んだ途端に、カントリーダンスの輪が活気を帯びる。
 ユマの従妹レーヌは、村の元気の源だった。
 悪戯っ子で、時々叱られることはあっても、彼女はいつも人気者だ。
「おじちゃん、もっと速いの弾いてー」
「ほいほい。しょうがないねぇ」
 レーヌはその愛らしさで、皆に笑顔を与えてくれる。そんな従妹を、ユマは微笑ましそうに見守っていた。
 けれど別の方向に目を移した瞬間、ユマはしょんぼりと睫毛を伏せてしまった。
「ユマ、どうした? 浮かない顔して」
 それを目ざとく見つけたロタが、眉をひそめて問いかける。
 ロタから見ると、ユマは時々自分と同じ人間だとは思えないような繊細な仕草をする。彼は常日頃からユマに気を配らずにはいられなかった。
 ユマは首を横に振って、心配そうに言う。
「ロスメルダさん、気分がお悪いんじゃないかしら。さっきからずっと座っていらっしゃるの」
「……ああ」
 ロタは鼻で笑って、そっけなく首を横に振る。
「おおかた、つまんねぇんだろ。貴族のご令嬢だからな」
「そう、なのかしら」
「だから、気にしなくていいんだって。他人のことなんかに胸を痛めたって損だろ?」
 ロタは励ますようにユマの肩を軽く叩いて、腕を回しながら歩き去る。ロタの向かう先には、目を回して地面に横になっている妹レーヌがいた。
 ロタと入れ違いに、ユマの側にカイエがやって来た。ユマは彼にそっと問いかける。
「カイエ、ロスメルダさんは大丈夫?」
「少し休ませてほしいと。迎えの馬車に向かったと思いますよ」
「あまり御体の強い方ではないの?」
 心配そうに問いかけたユマに、カイエは口元を歪めて首を横に振る。
「いえ、ただのわがままですよ。姉上はお気になさらないでください」
 カイエは姉を安心させるつもりで言ったに違いなかったが、ユマは哀しそうに弟を見上げた。
「またあなたと離れて暮らすことになるから、言うけれど。どんな方でも誠意を持って接しなければ駄目よ。ましてロスメルダさんは、あなたがお世話になった家の方なのだから」
「……姉上は、何年経ってもお変わりないですね」
 カイエは小さくため息をついて言う。
「人に侮辱されても、決してやり返さない。僕はそんな姉上に尊敬と羨望と、そして切ないような苦い気持ちを持ちます」
 カイエはユマをみつめながら言葉を続ける。
「幼い頃から一番側に居て……一番理解できませんでした。けれど首都にいても、片時も忘れることはありませんでしたよ」
 カイエは風に息をついてから、ふと口調を和らげた。
「……ユマ姉」
 ふいにカイエは幼い頃のように姉に話しかける。
「姉さんも首都に来ないか?」
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