村娘は魔界で立派な悪魔を目指すようです。

9 先生、質問です

 落ちるのか上るのかわからない上下感覚の後、やがてユマはねじれた空洞をするりと抜けて石造りの部屋に出た。
(わあ……)
 そこは灰色の石で壁も床も出来ている、地下室のような空間だった。窓はどこにもなく、床には文様が赤く塗られており、壁は流動する光が走っては消える。
 生まれた村を出たことがないユマには不思議なことだらけで、ユマは目をぱちくりしながら興奮して言った。
「ジャミーラさん。ここは?」
次界(じかい)を移動する魔法陣ですが……」
 きょろきょろと興味深そうに辺りを見回すユマに、銀豹は呆れた目を向ける。
「状況がわかっていますか?」
「ええとつまり、私は捕虜になったということですね」
 紫の目を素朴な興味で瞬かせながら、ユマはジャミーラに返す。それにジャミーラは頬を動かしてつぶやく。
「間違ってはいませんが、献上物という方が正しい」
「了解です」
「……本当に了解していますか?」
 元気よくうなずいたユマに、ジャミーラはそっけなく言った。
「鈍くては魔界で生きられませんよ」
 ジャミーラは踵を返して、先に立って歩き出す。
 石造りの階段が螺旋状に伸び、下へ下へと続いていた。時折すれ違う悪魔はジャミーラの姿を見ると、皆一様に膝をついて顔を伏せた。
 そんな悪魔たちに目を配ることもないジャミーラに、ユマは不思議そうに問いかけた。 
「あの、ジャミーラさん?」
 ユマは尊敬のまなざしをジャミーラに向けて言う。
「ジャミーラさんは魔界の偉い方なのですね」
「先ほどから思っていましたが、あなたは私に質問して何が楽しいのですか」
 ジャミーラが足運びを止めて灰色の瞳でユマを睨みつけると、周りの悪魔たちはぎくりと体を竦ませた。
 怯える悪魔たちに、ユマはまんべんなく振り返りながら言う。
「あ、皆さんには怒っていらっしゃらないと思います。お気になさらないでください」
 ユマが微笑みかけると、彼らは奇妙な表情をして顔を背けた。ユマはその反応に首を傾げる。
「あら?」
「下衆に愛想を売っても何もしゃべりませんよ」
 冷ややかにジャミーラが返すと、ユマは熱を入れて目を輝かせる。
「まあ。そんな言い方はよろしくありません。人に接するには誠意が大切です」
「生憎ですが、我々は人ではないので」
「あ、そうでした。失礼しました」
「気が変になりそうですよ、あなたと話していると」
 不機嫌に尻尾を一振りすると、ジャミーラは再び歩き始める。
 ユマは慌てて後ろについていきながら、ためらいがちに彼女に問いかけた。
「質問はご迷惑ですか?」
「不快です」
 きっぱりと返された言葉に、ユマはしゅんとしてうつむく。
「ごめんなさい……。じゃあ、やめます」
 沈黙が二人の間に下りて、ジャミーラはわずかに眉を寄せた。
 暗い回廊が続き、ゆらめく蝋燭とはためく壁掛けだけが風の向きを伝える。ユマはぬるい風が下方から昇ってきていることを感じていた。
 やがてジャミーラが目を上げて天を仰ぐ。
「ここが謁見の間です」
 どこまでも続くと思われた螺旋階段の果てに、天を衝くような扉がそびえ立っていた。
 ジャミーラは立ち止まり、振り返ることなく息をついた。
「……一つ、助言を」
 ジャミーラは独り言のようにぽつりと言う。
「陛下を怒らせないよう。そして何より、気に入られないようにしなさい」
 はっと息を呑むユマに、彼女は短く言葉を切った。
「私が言えることはそれだけです」
 足を揃えて、ジャミーラは顔を上げて姿勢を正す。まるで神殿を守る聖なる彫像のように、堂々とした仕草だった。
「ジャミーラです。帰還いたしました」
 凛と空気を震わす声に、ユマは思わず聞き惚れた。
 扉が音を立てて両側へと開いていく。幾何学的な文様が這う壁が、美しい獣たちに道を表していく。
(質問でなければいいかしら)
 ユマはそう思って、ジャミーラに言葉を贈った。
「ジャミーラさん」
 目だけを向けた彼女に、ユマは紫の瞳を細めて告げる。
「お導きくださって、ありがとうございます」
 微笑んで同じ方向に顔を上げたユマの前で、今ゆっくりと謁見の間が現れようとしていた。
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