ぼっちな私と意地悪な葉月くんとの、甘くて秘密な関係。
第一話 後ろの席の葉月くんは〇〇〇でした。
〇場所(学校の教室・昼休み)
授業が終わり先生がいなくなれば、クラスメイト達はガヤガヤと賑やかにおしゃべりを始める。
しかし、焦げ茶の長い髪をした小柄な少女、花野井小春は、自分の席に座ったまま、きゅっと唇をかみしめて、視線を机の上に向けたままジッとしている。
――高校一年生になって、すでに一週間が経とうとしている。
だけど小春には、このクラスに友達と呼べるような存在が一人もいなかった。
小春は春休み最終日に風邪をこじらせてしまい、入学式に参加することができなかった。そして入学式から二日遅れて登校した時には、すでに女子グループが出来上がっていたのだ。
内気で引っ込み思案の小春は、自分から声をかけて輪に入れてもらうことができなかった。
(でも、今日こそ……今日こそ「一緒にお弁当食べてもいい?」って聞いてみよう!)
小春は緊張で震えそうになる掌を、スカートの上でぎゅっと握りしめた。そして、近くの席で笑い合っている、クラスメイトの女の子たち二人の方に視線を向ける。
河合さんと神崎さんは、何やら楽しそうにおしゃべりしているみたいだ。
「ねぇ、ちょっと学食の方のぞきに行ってみない?」
「あ、分かった。カッコいいって噂の先輩目当てでしょ?」
「正解! 鳴海先輩、時々学食で食べてるんだって! もしかしたら今日いるかもしれないし、見に行ってみようよ」
「もー、河合ちゃんってほんとに面食いだよね」
「だってイケメンは見てるだけで癒されるでしょ?」
立ち上がった二人は、そのまま教室を出ていってしまう。
「あっ……」
呼びとめようと思ったけど、小春の漏らした声はあまりにも小さくて、賑やかな教室内の声でかき消されてしまった。
(……仕方ない、よね)
チラリと周囲に視線を巡らせてみたが、教室内にいるクラスメイト達はすでに机を寄せあったりして、購買で買ってきたのだろうパンやお弁当を広げている。
(※ここで、小春の後ろの席で机に顔を伏せて寝ている廉の姿を映す)
話しかけることを諦めた小春は、小さな溜息をもらしながら弁当バッグを持って、一人静かに教室を後にした。
〇場所(ひと気のない学校の中庭・昼休み)
小春は、中庭の隅の方にポツンと設置されている、少し古びたベンチに腰かける。
ここ最近、小春は毎日ここで一人、お昼の時間を過ごしていた。
小春の通う春日峰高等学校は、かなり広大な敷地を持っている。
本校舎の他にも、第二校舎や図書棟、管理棟などの建物がある。また、野球部やテニス部、弓道部やラグビー部など、部活ごとの専用コートや練習場も整備されている。
本校舎に面した中庭には小さな噴水があったりして、昼休みにもちらほらと生徒の姿が見える。
しかし小春がいるこの場所は、第二図書棟に面している中庭で、本校舎から少し距離もあるためか、あまり人気がないらしい。
(あ、葉月くんだ)
小春が視線を向ける先には、高身長で黒髪の男の子がいる。クラスメイトである葉月廉だ。
その目元はいつだって長い前髪に覆われていて、よく見えない。
(葉月くんも、一人でご飯を食べてるのかな。もし一緒に食べようって誘ってみたら……友達になれるかな?)
――同じクラスメイトの葉月廉くんは、窓際の一番後ろの席に座っている男の子。つまり、私の真後ろの席に座っていることになる。
だけど葉月くんは、大体いつも机に伏せて寝ている。クラスメイトと話しているところも、全然見たことがない。
(葉月くんも、恥ずかしがり屋さんだったりするのかな? もしかしたら私たち、似た者同士かもしれない)
立ち上がった小春は、弁当バッグを手にして、廉の後を追いかける。
廉の向かう先は、第二図書棟の裏手のようだ。
〇場所(第二図書棟の裏手・昼休み)
後を追いかけてきた小春が校舎の陰からそっと顔をのぞかせれば、廉が誰かと電話をしている姿が見える。
「へぇ、そうなんだ。ウケるね」
(あれ? 葉月くんって、あんな喋り方するんだ。何だか意外だな……)
話しているところをほとんど見たことがなかったので、その大人しそうなイメージとのギャップに、小春はパチパチと目を瞬かせる。
「いいよ、分からせてやればいいんだから。それでもだめなら、俺が直々にぶん殴りに行くよ」
(……え!? 葉月くん、今、ぶん殴るって言ったよね……!?)
いつも教室の隅にいる、大人しそうな廉が放った言葉だとは到底思えず、小春は驚きに目を見開きながら硬直する。
「……それで、そこで人の話を盗み聞きしてる、悪い子は誰かな?」
通話を終え、スマホをポケットに仕舞った廉が、小春の方に笑顔で振り向く。
のぞき見していたことがバレてしまい、小春はワタワタと手を無意味に動かしながら、必死に弁明しようとする。
「ち、ちち、違うの! あの、葉月くんが歩いているのが見えてね、それで、お弁当とか一人で食べてるなら、その、一緒に食べれないかなって……友だちになれたらって思って……!」
「へぇ。花野井さんは、俺とオトモダチになりたいんだ?」
目の前まで近づいてきたかと思えば、廉は自身の髪をかきあげる。普段は隠れている長い前髪の下から、透き通った茶色の瞳が見えた。その顔はとても整っていて、小春は一瞬見惚れてしまう。
けれど廉がその顔を近づけてきたので、ハッと意識を取り戻した小春は、顔を真っ赤にして慌てて後ずさる。
「何で逃げるの?」
「なっ、ち……、近かったので!」
大きな声を出す小春に、廉はきょとんとした顔をしたかと思えば、クスクスと笑う。
「ふっ、うん。確かに近かったね?」
「はっ……葉月くんは、いつも、ここでお昼を食べてるの?」
「うーん、そうだなぁ。食べる時もあれば、食べない時もあるかな?」
そう言う廉の手には、何もない。
どうやら今日は、ここでお昼を食べるつもりではなかったらしい。
「そ、そっか。……あの、邪魔しちゃってごめんなさい。私は、もう行くので」
何だか気まずくなってしまった小春は、視線を廉から逸らして、くるりと回れ右をする。
「あ、そうだ。花野井さんに、一つお願いがあるんだけどさ」
けれど廉に呼びとめられてしまったので、動かそうとしていた足を止めた。
「今ここで見たことや、俺に会ったことは、誰にもナイショにしてくれる?」
「な、ナイショって、どうして?」
別に誰かに話すつもりもなければ、話すような相手もいないけれど、その理由が気になった小春は尋ねる。
「実は俺、先輩たちに呼び出されちゃってさ。後輩のくせに生意気だって。でも、誰にも心配かけたくないんだよね」
「えっ、そうだったの!?」
悲しそうに目を伏せて話す廉に、小春は心配そうに眉を下げた。
「……ふっ、ウソに決まってるじゃん」
「……へ? ……ウソ?」
「花野井さんって、純粋なんだね」
悲しげな顔から一変、またクスクスと笑い声を漏らした廉は、一歩二歩と歩いて、小春との開いていた距離を縮めてくる。
「ま、ここで会ったことは俺たち二人の秘密ってことで。よろしくね?」
廉は小春の片頬をふにっと軽く摘まんで、耳元で囁いてくる。
小春が顔を赤くしてぴゃっと肩を跳ねさせれば、そんな小春の反応に、廉はまた可笑しそうに笑いながら去っていく。
「な、なっ……」
(何今の!? というか葉月くんって、あんな人だったの……!?)
自分と似ていると思ったけれど、むしろその逆。
正反対の人だと気づかされた小春は、いまだに熱を持った頬に手を当てながら、遠ざかっていく背中をジト目で見つめた。
「……葉月くんとは、絶対に仲良くなれないだろうな」
そう呟いて、お昼ご飯を食べるべく、先ほどまでいたベンチの方に足を動かした。
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