ぼっちな私と意地悪な葉月くんとの、甘くて秘密な関係。

第二話 アオハルの予感



〇場所(ひと気のない学校の中庭・昼休み)


「今日もここで食べてるんだ」

「……葉月くん、また来たんですか?」


スマホを片手に持ち、もう片方の手にはパックのジュースを持った廉が近づいてくる。


廉の意外な本性を知ってしまった日から、三日が経った。
あれ以来、廉はお昼休みになると、この中庭に現れるようになった。

そして、お弁当を食べる小春の横に腰かけて、スマホをいじったり、持参したパックジュースを飲んだりして、マイペースに過ごしていく。


「……葉月くん、お昼休みになるたび、どうしてわざわざここに来るんですか?」

「ん? 別に俺がどこで過ごしたって問題ないよね? 花野井さんの許可をとる必要もないと思うんだけど」

「そ、それはもちろん、葉月くんの自由ですけど……」


小春はお弁当に入っている卵焼きを箸でつつきながら、口をもごつかせる。


「まあ、花野井さんの側が落ち着くからっていうのはあるかな」

「……え?」


聞こえた言葉に、膝の上にのせたお弁当箱をジッと見つめていた小春は、パッと顔を上げる。


(それは、どういう意味で……)


小春は恐る恐る、廉の表情を窺うように見る。


「それに花野井さんって、友達いないよね? 俺が意外としゃべる奴だって知っても、それを言う相手もいないだろうなって思ったんだ」


けれど、続けられた廉の辛辣な言葉が、小春の胸にグサリと突き刺さる。


「た、確かに、同じクラスに友達はいませんけど、別のクラスには友達だっていますから……!」

(それもまぁ、一人しかいないけど)


小春は内心で呟きながら、ムキになって否定の声を上げた。


「へぇ、そうなんだ」


けれど廉は、小春の必死な訴えを聞いても、ニコニコ笑っているだけだ。


「……そもそも葉月くんは、どうして教室では、あんまりしゃべらないんですか?」

「どうしてって……面倒だから? っていうか、同い年なんだから敬語じゃなくてもいいよ」


廉はスマホの画面に視線を落としながら話す。


「面倒って……」

「別に話したい奴もいないし、くだらない雑談に付き合うくらいなら、睡眠時間にあてたいからね」

「……葉月くんって、変な人だよね」

「あはは、ぼっちの花野井さんには言われたくないかなぁ」


廉の言葉が、小春の胸に再び突き刺さった。


「……私だって、意地悪な葉月くんには言われたくないよ」


小春は、拗ねたように唇を尖らせながら、小さな声で呟いてみた。

廉には聞こえないと思ったのだが、小春の声は、どうやらばっちり届いてしまったらしい。


「ん? 誰が意地悪なの? よく聞こえなかったなぁ」


首を傾げた廉は、小春の顔を覗き込んでくる。その距離は、十センチほどだ。

小春と二人きりの時、廉は長い前髪を下ろしていないから、その端正な顔がよく見えてしまう。


「ぴゃっ! ちちち、近い近い……!」

「あはは、変な鳴き声だね」


男の子に耐性のない小春は、顔を真っ赤に染め上げて動揺を顕わにする。

そんな小春の反応に、廉はクスクスと笑う。


――やっぱり葉月くんは、すっごく意地悪だ!


ベンチの端っこギリギリまで移動した小春は、むぅっとした顔で、廉を威嚇するように見つめた。

けれど廉は、やはりニコニコ笑っているだけで、小春の必死な威嚇は効いていないらしい。


「ねぇ、花野井さん。頬っぺたにご飯粒が付いてるよ?」

「っ、昨日みたいには、もう騙されないからね!」


廉が、自身の口許をトントンと指さしながら言う。
小春は慌てて口許に手を伸ばそうとしたが、昨日同じ言葉で騙されたことを思い出して、そのまなざしをキッと鋭くする。

けれど小春が開けた距離をあっという間に詰めてきた廉は、小春の口許に難なく手を伸ばした。


「ほら、付いてたでしょ?」


廉が、小春の口許に付いていたご飯粒をとって見せてくる。


――どうやら今日のは、嘘じゃなかったみたいだ。


そこで恥ずかしさが限界突破した小春は、弁当バッグを両手で抱えて、脱兎のごとくその場を後にした。

そんな小春の背中を、廉はまた、可笑しそうにクスクス笑いながら見つめていた。



〇場所(学校の廊下・昼休み)


中庭から教室に戻っていた小春の後ろから、近づいてくる足音。
小春が振り返ろうとしたと同時に、誰かに抱きつかれる。


「小春―! やっと見つけた!」

「ことちゃん」


肩下まで伸びた長い黒髪をポニーテールにしている彼女は、小戸森美鈴(こともりみすず)。あだ名はことちゃんだ。

小春の中学時代からの親友であり、高校では小春の隣のクラスに在籍している。


「ことちゃん、剣道部の集まりは終わったの?」

「うん、今日は早めに終わったから、小春とお昼一緒に食べれるかなって思ったのに、小春ってばクラスに行ってもいないし、電話しても全然出てくれないし! ずっと捜してたんだからね!」

「そうだったの? ごめんね、全然気づかなくて……!」


美鈴は剣道部に所属している。春日峰高校の剣道部は男女ともに強い。美鈴は中学の時から試合でも負けなしというくらいに強かったので、春日峰高校にはスポーツ推薦で入学したのだ。

入学してからは、部員同士の交流を深めるためにと、お昼は剣道部で集まって食べていたらしい。


「小春、今日はどこで食べてたの?」

「えっと、それは……」


美鈴に尋ねられた小春は、気まずそうに視線を彷徨わせる。


「もしかして小春……一人で食べてたとか言わないよね?」

「えっと、その……」

「というか小春、クラスに友達はできたの?」


美鈴に心配そうなまなざしを向けられて、嘘を吐くのが苦手な小春はぎくりと肩を揺らした。


――美鈴に余計な心配をかけたくなかった小春は、いまだに友達が一人もできていないことを伝えていなかった。


「と、友達は……」


何て答えるのが正解なのかと焦っていた小春に、声が掛けられた。


「花野井さん、ひどいじゃん。今日は俺と一緒に食べてたんだから、一人じゃないでしょ?」


小春と美鈴は、声が聞こえた方に同時に視線を向ける。そこに立っていたのは、廉だった。
偶然通りかかったようで、小春たちの話し声が聞こえたようだ。

小春と二人きりの時にはよく見えていた目元は、今は長い前髪に隠れていて見えない。


「え、そうなの? 何だ、小春ってば、友達できたんじゃない!」

「え? いや、葉月くんは友達じゃ……」


否定しようとした小春だったが、距離を詰めてきた廉が、自然な動作で小春の耳元に顔を近づけてくる。


「お友達に、心配かけたくないんじゃないの?」


小声で尋ねられたことが図星だったので、小春はうっと口を噤んだ。


「……そ、そうなの。今日は、葉月くんと一緒にお昼を食べたんだ」

「へぇ、良かったじゃない! これからも、この子と仲良くしてあげてね」

「うん、もちろん」


目元は前髪に隠れていてよく見えないが、その口許にニコリと弧を描いた廉は、ぺこりとお辞儀をして歩いていってしまった。


「すっごく優しそうな子じゃん! というか、恥ずかしがり屋で奥手な小春に、まさか男の子の友達ができるなんてねぇ……嬉しいような、何だか寂しいような……」

「いや、葉月くんは、何ていうか……」


小春はまたそこで口籠ってしまう。


――葉月くん、どうして私のことを、友達だなんて言ってくれたんだろう。確かにここ最近は一緒にお昼休みの時間を過ごしているけど、私は葉月くんに揶揄われてばかりいる。

葉月くんは、本当に私のことを、友達だと思ってくれているのかな? もし、それが本当なら……嫌じゃないし、むしろ嬉しいかもしれない。


小春は、ポッと頬を赤く染めながら、いやいやと首を横に振る。


――毎日意地悪ばっかりされてるのに、友達と思ってもらえて嬉しいとか、そんなわけないよ。さっきのだって、きっと、気まぐれで友達だって言ってくれただけに決まってるよね。


悶々と考え込んでいた小春の顔が薄っすら赤く染まっていることに気づいた美鈴は、口許に手を添えながら、にまにまと楽しそうな笑みを広げる。


「あらまぁ、小春ってば、入学早々青春してるのね。あー、羨ましい」

「ちっ、違うよ! 葉月くんはそういうのじゃなくて……!」

「はいはい。分かってるって」


美鈴は小春の頭をぽんぽんと撫でながら、揶揄うようなまなざしで小春を見つめる。


「でも彼氏ができたら、絶対に私に教えてね?」

「だから、違うのに……!」


小春は必死に否定したが、美鈴には照れているだけだと思われ、小春が廉を気になる男の子として見ていると、勘違いされたままに終わってしまった。



〇場所(教室・昼休み後の授業中)


現国の授業中。教壇では先生が話しながら、黒板に教科書の文章を書き写している。

ノートをとっていた小春は、チラリと背後に視線を向けた。

いつもは眠っていることの多い廉だが、今日は珍しく起きていたらしい。頬杖をついて退屈そうにしている。
パチリと目が合ってしまったので、小春は慌てて視線を前に戻した。


(びっくりした。葉月くん、起きてたんだ)


小春が、ドキドキと小さく音を立てる胸の辺りをそっと抑えていれば、背中に何かが触れる感覚がする。


「っ、」


小春は、ビクリと身体を震わせた。廉の指が、背中に触れたからだ。


「(や、め、て!)」


もう一度、顔だけ後ろに向けた小春は、口パクで抗議の言葉を伝える。

廉は、声は出さずにクスリと笑いながら頷いたので、小春はムッとした顔をしたままま前を向いた。


けれど再び、背中を指でなぞられる。少しだけくすぐったくて、身体が震える。

そこで、廉が何か文字を書いているらしいことに気づいた。


(葉月くん、何て書いてるんだろう? えーっと、お、ば、か……って、おバカ!?)


キッと後ろを睨み付ければ、廉は素知らぬ顔をしてニコリと笑った。

そして次の瞬間、小春の右隣に、ぬっと大きな影が現れる。


「花野井さん。私の話、聞いていましたか?」

「あ……えっと……」

「集中して聞くようにね」

「はい、すみません……」


いつの間にか机の真横に立っていた現国の先生に注意されてしまった小春は、クラスメイトの注目を浴びてしまった恥ずかしさに目の下を赤くしながら、目線を机の上に落とした。


(まさか先生に怒られちゃうなんて……。これも全部、葉月くんのせいなんだからね!)


小春は内心で、背後にいる廉への不満を吐き出しながら、視線をノートの上に移して、板書に集中することにしたのだった。



〇場所(教室・放課後)


「はぁ、今日はツイてないなぁ」


夕暮れ時の放課後。
小春は教室で一人、溜息を漏らしていた。


帰り際、廊下で現国の先生につかまってしまった小春は、手伝いを頼まれてしまったのだ。

授業中に注意されてしまったこともあり、断りづらかったこともあって、小春はプリントを受け取り、放課後の教室で一人、ホチキス留めの作業をしていた。


用紙を三枚纏めて、左端の方をパチンッと止める動作を黙々としていたが、小春は不意に手を止めて、窓の外に視線を移した。

休憩中なのであろう陸上部が、肩を叩き合ったりしながら、楽しそうにじゃれ合っている。


「……いいなぁ」


小春は、ポツリと呟いた。


「何がいいの?」


窓の外を見つめたまま小春がぼんやりしていれば、そこに現れたのは、小春が注意されてしまった元凶でもある廉だった。


「っ、葉月くん!?」

「花野井さん、まだ帰らないの?」

「……誰かさんのせいで先生に怒られて、雑用まで押し付けられちゃったので、帰りたくても帰れないんです」

「へぇ、その誰かさんは酷いやつだね」

「……」

「あはは、ごめんごめん。そんなに怖い顔しないでよ」


小春がむっつりした顔で立ったままの廉を見上げれば、廉は軽く謝りながら、小春の前の席に腰かけた。


「絶対にごめんって思ってないでしょ」

「思ってるよ。だからこうして手伝いにきたわけだし?」


廉は下ろしていた長い前髪をかきあげると、机の上のプリントを一枚ずつ手に取って、順番に纏めてくれる。


「ほら、早く手を動かさないと帰れないよ」


廉に促されて、小春は納得のいっていない顔をしながらも、渋々手を動かした。


「それで、何がいいの?」

「え?」

「さっき言ってたじゃん。いいなぁって」


廉は、小春が見つめていた窓の外に視線を向ける。


「もしかして、あれのこと?」

「……うん。楽しそうだなぁって思って。青春だよね」

「青春、ねぇ」


廉は窓の外から手元に視線を戻すと、再び手を動かしながら、小春の言葉を復唱する。その表情や声音からは、友人同士の馴れ合いに、あまり興味がないということが伝わってくる。


「でも花野井さんにも、ちゃんと友達はいるじゃん。あの、ポニーテールの子とか」

「ことちゃんは中学の時からの友達だけど、高校に入ってからは、全然友達もできないし……はぁ。友達って、どうやったら作れるんだっけ」


眉を下げた小春は、机上に視線を落とす。


「えー、ひどいなぁ。俺がいるじゃん」

「え?」

「花野井さんは、俺のこと、友達だと思ってくれてなかったんだ。悲しいなぁ」


けれど廉が眉をしゅんと下げて悲しげな顔をするものだから、小春はぱちぱちと瞳を瞬いてしまった。


「え? えっと……あの時の言葉、本気だったの?」

「しかも俺の言葉、ウソだと思ってたんだ。はー、傷ついたなぁ」


ますますしょんぼり肩を落とす廉を見て、小春はわたわたと手を動かしながら謝罪の言葉を口にする。


「ご、ごめんね? まさか葉月くんが私のことを、その……本当に友達だと思ってくれてるなんて、信じられなくて。また冗談で言ってたのかなって……」


小春が必死に弁明していれば、俯いていた廉の肩が、ぷるぷると震え始める。


「ふ、ふふ……やっぱり花野井さんって、面白いね」

「……もしかして葉月くん、揶揄ってたの?」

「花野井さんがいい反応をしてくれるから、つい。揶揄いたくなっちゃうんだよね」

「……もういい!」


怒ってぷいっと顔をそむけた小春に、廉はからりと笑う。


「そんなに怒らないでよ。花野井さんと友達になりたいって思ったのは、ウソじゃないからさ」


廉は止めていた手を動かす。小春も廉が纏めてくれたプリントをホチキスで留めながら、廉の顔をそっと盗み見る。


(葉月くんって、どこまでが冗談で本気なのか、よくわからないんだよね。本当に私と友達になりたいって思ってくれてるのかな?)


そんな風に考えていれば、廉が不意に視線を持ち上げる。

小春が想像していたよりも近い距離で目が合ってしまい、少し照れくさくなった小春はパッと視線を外した。


「そういえば花野井さんって、部活には入ってるの?」


窓の外から聞こえてくる運動部の掛け声に、廉は一瞬そちらへ視線を移した。


「ううん、入ってないよ。でも園芸委員には入ってるけど」

「園芸委員か。何だか花野井さんっぽいね」

「そうかな?」

「うん。花とか好きそうだし、お世話も得意そうだしね」

「まぁ確かに、花は結構好きかなぁ。……葉月くんは、部活には入ってないの?」

「うん、入ってないよ」


そう答えた廉は、何かを考えるように黙り込んだかと思えば、小春の顔をジッと見て、ニコリと笑う。


「花野井さんさ、今度の日曜日って空いてる?」

「日曜って明後日のことだよね? 特に予定はないけど……」

「それじゃあ、俺とデートしてくれない?」

「……デート?」

「そう、デート」


目をパチリと瞬いた小春が呆けた顔をしている間に、廉は机の上に置きっぱなしにしていた小春のスマホを手にし、放心状態の小春の手を持ち上げてロックを解除し、何やら勝手に操作し始めた。


「……って、私のスマホ!」

「はい。花野井さんの連絡先、登録させてもらったから。詳しいことはまた連絡するね」


小春がハッと意識を取り戻した時には、すでに廉の手によって新しい連絡先が増えていた。


「それじゃあプリントも纏め終わったし、俺は帰るね」

「え、ちょっと待って葉月くん。私、行くなんて一言も……「花野井さん、また明後日」


強引に話を進めた廉は、小春の引き止める声を華麗にスルーして、帰っていった。


(葉月くん、デートって言ってたよね。……え、何で私と葉月くんがデートに行くことになってるんだろう? ……え!?)


教室に一人取り残された小春は、言われた言葉を思い出して混乱する。


「どうしよう……」


顔を赤くした小春は、机に突っ伏し、小さな声で呟く。

その時、机に置きっぱなしになっているスマホの画面がパッと光った。そこには、ゆるキャラの黒猫が“よろしく”と言っているスタンプが届いていた。

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