ぼっちな私と意地悪な葉月くんとの、甘くて秘密な関係。
第三話 二回目の秘密の共有
〇場所(駅前の時計台の下・十時頃)
「時計台の下って、ここで合ってるよね?」
不安そうな顔をした小春は、おろおろと視線を彷徨わせながら、時計台を見上げたり、無意味にスマホの画面を開いてみたりして、ソワソワとする気持ちを落ち着けようとする。
――廉にデートをしようと誘われた日の夜。
お風呂から上がった小春がスマホを見てみれば、廉からメッセージが届いていた。
『日曜日の十時に高校の最寄り駅前の時計台の下で待ってて。デート、楽しみにしてるね』
デートとは一体どういう意味かと問い質したい気持ちもあったけれど、聞いたところではぐらかされてしまうだろうなと考えた小春は、廉に会った時に直接真意を聞こうと決めていた。
そして、やってきたデート(?)当日。
小春が時計台を見上げれば、現在時刻は九時五十五分。
約束の時間までもう少しだが、廉の姿はまだ見えない。
(もしかして、デートっていうのは冗談だったりして……)
不安になった小春が俯いていれば、前方から誰かが近づいてくる気配。
「花野井さん、おはよう」
待ち合わせ時間の五分前にやってきた廉は、黒のスキニーパンツに、ゆるっとした白いTシャツを着て、黒のキャップをかぶっている。シンプルな格好ではあるが、学校ではいつも下ろしている前髪も今日はセットされていて、その端正な顔がよく見える。
「お、おはよう、葉月くん」
はじめて見る廉の私服姿に、小春の胸はドキリと高鳴る。
「花野井さんの私服姿、何だか新鮮だな」
小春は、白のブラウスにデニムパンツというシンプルめの服装を選んでいた。
あまり気合を入れ過ぎておかしく思われても嫌だし、でもデートだと言っていたし、何より葉月くんの隣を歩くのにラフ過ぎる格好をするのは……と、悩みに悩んだ末に決めたコーディネートだ。
「へ、変じゃないかな?」
「ん? かわいいよ」
サラッと褒めてくれた廉に、小春はぶわわっと顔を赤くする。
「あれ、もしかして照れてる?」
「て、照れてないよ!」
「ふーん、本当かな?」
ニコニコ笑っている廉のこの表情が、揶揄う時のものだということに、小春は気づき始めていた。だけどそうだと分かっても、カッコいい男の子にかわいいと言われてしまえば、嬉しくもなるし照れてしまうのも仕方ない。
「……それで、葉月くんがわざわざ休日に私を呼び出した本当の理由を、教えてもらってもいい?」
小春に尋ねられた廉は、きょとんとした顔で瞳を瞬く。
そして、空いている小春の左手をさらりと繋いでくる。
「実はね、花野井さんに、一緒に来てほしい場所があるんだ」
「え、ちょっと葉月くん、この手は……!」
「それじゃあ行こうか」
〇場所(オシャレな喫茶店→映画館)
有無を言わせず歩き出した廉に手を引かれるまま連れていかれた先は、歩いて数分の場所にある喫茶店だった。
廉がアイス珈琲を頼んだので、小春はアイスティーを注文する。
注文した品はすぐに届いたので、一口飲んで喉を潤した小春は、今度こそと、本来の目的を聞こうとした。
「あ、マズい。もう行かなくちゃだ」
「え?」
「ごめん花野井さん、店を出よう」
「え、まだ全然飲んでないのに……」
「お金は俺が払うし、飲み物はまた後で買うから」
入店してから五分と経っていないのに、廉は伝票を持って席を立ち、会計に行ってしまう。
小春は困惑しながらも、とりあえず廉の後を追いかけた。
会計を済ませて店を出れば、廉はまた小春の手を自然な動作で繋ぎ、どこかに向かって歩きだす。
そして辿り着いた先は、映画館だった。
デートコースの定番ともいえるかもしれないが、それにしては、先ほどから廉の様子がおかしい。
「チケットを買ってくるから、少し待っててね」
しかし小春が尋ねる前に、手を離した廉は一人でチケット売り場に行ってしまったので、小春は訳も分からぬまま、とりあえず言われた通り大人しく廉が戻ってくるのを待つことにした。
「花野井さん、お待たせ」
そして、待つこと数分。
廉はチケットと一緒に飲み物とポップコーンまで買ってきてくれたようだ。
専用のトレイには飲み物が二つと、キャラメルと塩がミックスになっているポップコーンが一つのっている。
「アイスティーでよかったかな? ガムシロ、二つ入れておいたから」
「え、どうして私がいつも二つ入れてるって分かったの?」
「さっき喫茶店で入れてるのを見てたからね。これはさっきのお詫び」
「……ありがとう」
「それじゃあちょうど始まるみたいだし、行こうか」
スマートにエスコートしてくれる廉にドキリと胸をときめかせながら、小春は差し出されたチケットを受け取る。
しかし、チケットに印字されている映画のタイトルを見て、小春の表情はピシリと固まった。
「……え、もしかして、これから観る映画って……」
「“進撃の貞子さん”だよ」
最近CMでもよく見かける、今話題のホラー映画だった。
「む、ムリムリムリ! 私ホラーは……」
「あ、もう始まるみたいだよ。行こうか」
「って、話を聞いて!? ちょっと葉月くん……!」
ニコニコと人畜無害そうな顔で笑っている廉の表情が、小春の目には死刑宣告をしてくる悪魔のように見える。
問答無用で手を繋がれてしまった小春は、そのまま為す術もなく廉に引きずられ、シアターに足を踏み入れたのだった。
***
「うぅ、葉月くんのバカぁ。ホラー映画なんてムリって言ったのにぃ……」
「ごめんってば。まさか花野井さんがそこまで怖がりだとは思ってなくてさ……まぁ、怖いのとか苦手そうだなぁとは思ってたけど」
「っていうことは、分かっててあの映画を選んだってことだよね!? ひどいよ……!」
映画館を出た小春は、涙目のままに廉を非難していた。
ホラーが大の苦手な小春はほとんど目をつぶったり薄目を開けてスクリーンを見ていたのだが、それでも、耳に入ってくるおどろおどろしいBGMや大きな音は、小春の心臓をバクバク激しく鼓動させた。小春にとっては地獄の一時間半だったのだ。
「まぁ、俺があの映画を選んだわけではないんだけど……結果的には花野井さんの面白い反応も見れたから、俺は大満足かな」
「葉月くんの意地悪! 鬼畜! 悪魔! ドエス男!」
「あはは、ひどい言われようだなぁ」
小春は思いつく限りの罵倒の言葉を口にするが、廉は然してダメージを受けていないようで、ニコニコ笑っている。
「それじゃあ、そろそろ花野井さんに、本当のことを教えようかな」
「グスッ……本当のことって?」
小春の目からぽろりと零れ落ちた涙を自身の指ですくった廉は、そのまま小春の涙に濡れた頬を一撫でする。
突然の接触に、耐性のない小春は頬を赤らめ、そんな小春の反応を見て、廉はまたクスリと笑う。
「実は俺、探偵事務所でアルバイトをしてるんだよね」
「た、探偵事務所で?」
「そう。時給がかなりいいし、成功すればその分の報酬も貰えるんだ。今回は依頼者の旦那さんの浮気現場を尾行して、証拠を集めることだったんだよ」
「証拠を?」
「うん。花野井さんのおかげで、ターゲットにバレることなく無事に証拠写真が撮れたよ」
(ぜ、全然気づかなかった……)
小春があたふたしている横で、廉がアルバイトの依頼をこなしていただなんて、小春は全く気づかなかった。
(でもつまり、これはデートなんかじゃなくて……私は葉月くんが尾行するためのカモフラージュ的な存在として、連れ回されただけってことだよね)
廉が本気で小春をデートに誘うはずなんてないと分かっていたはずなのに、それでも今日をとても楽しみにしていた小春は、気持ちが沈んでいくのを感じた。
そんな小春の表情に直ぐに気づいた廉は、証拠写真を映していたスマホの画面を消すと、気を取り直すように明るい声を出す。
「それじゃあ、俺のバイトに付き合ってもらったお詫びも兼ねて、次は花野井さんの行きたいところに行こうか」
「え? でも、葉月くんの目的はもう果たせたわけだよね? 帰らなくていいの?」
「まだお昼過ぎなのに、もう解散するの?」
小春の手をとった廉は、指を絡めるように繋いで、ぎゅっと握る。
「それに俺だって、今日花野井さんと遊べるの、楽しみにしてたんだよ。花野井さんさえ良ければ、もう少し俺に付き合ってよ」
「っ、わ、わかったから! 手……!」
「手?」
「も、もう尾行は終わってるんだから、わざわざ手を繋ぐ必要はないよね!?」
「あー、バレちゃったか。残念」
廉は揶揄い雑じりの笑みをこぼしながら、小春の手を離す。
「とりあえず、どこかでお昼でも食べよっか」
歩き出した廉に続いて、小春も足を踏みだす。
並んで歩きながら、小春は気になっていることを廉に尋ねてみた。
「でも葉月くん、その……探偵事務でバイトしてるってことは、学校とかには話してるの?」
「ううん、誰にも話してないよ。だから、知ってるのは花野井さんだけ」
廉はそう言って、顔を近づけてくる。
「――また、二人だけの秘密ができちゃったね」
小春の耳元に唇を寄せて、囁くような甘い声で言った。
小春がぶわっと顔を赤く染めれば、廉はおかしそうに、どこか嬉しそうに笑う。
「ふ、ほんっと、花野井さんって分かりやすいっていうか……一緒にいて飽きないなぁ」
「や、やっぱり、帰る!」
「え、花野井さんのお家にお邪魔してもいいの? 初デートで家に誘ってくれるなんて、花野井さんって意外と大胆?」
「っ、……葉月くんなんて、もう知らない!」
恥ずかしさで真っ赤な顔をした小春の、悲痛な叫び声が響き渡る。
スタスタと早足で歩く小春を、廉はクスクス笑いながら「ごめんごめん、さすがに揶揄い過ぎたね」と言いながら追いかけた。
そして廉は、小春の好きそうな可愛らしい内装のカフェに連れていってくれた。
美味しいパスタやケーキを堪能し、コロッと機嫌が直った小春の姿を見て、廉はまたおかしそうな忍び笑いを漏らす。
その顔は、普段学校では見ることのない、優しい顔をしていた。