スイーツ王子は、お菓子のようには甘くない!
○学校・1年A組の教室(休憩時間)
教室の窓から外を指さす女生徒が二人。
女子生徒1「あっ、みてみて! スイーツ王子だ~!」
女子生徒2「本当だ! やっぱり超かっこいいよね天宮先輩。見れるとかラッキー!」
彼女たちの指さす先には、亜麻色のショートカットに緩くパーマを当てた男(天宮朔夜:高三)が、女子に囲まれながらにこやかに笑っている。
それを見ながら女子生徒たちは感嘆のため息を零す。
女子生徒1「それにしてもすごい女子の数。やっぱり人気だねぇ」
女子生徒2「そりゃあ優しい王子様みたいな顔してるし、老舗お菓子メーカー『天宮グループ』の社長息子だからね。狙ってる人多いでしょ」
女子生徒1「それに加えて、フランス帰りの帰国子女だもんね。転校してきて一週間しか経ってないのに、もうファンクラブまでできてるらしいよ。抜け駆けさせないために先輩たちで牽制し合ってるとか」
女子生徒2「まじ? こわっ」
女子生徒1「マジマジ。しかもうちの高校『交際相手は同校の相手限定』って、意味わかんない校則あるじゃん? あれのせいでワンチャン自分にも可能性があるかもって思ってる人が多いらしいよ」
女子生徒2「あー、あるある。もしも王子が彼女を作るとしたら、うちの高校の女子から選ぶしかないからね」
女子生徒1「うまくいけば玉の輿でしょ? そりゃあ目の色変える女子多そうだわ~」
女子生徒2「ま、うちらみたいな年下は接点の一つも持てないんですけど」
女子生徒1「言えてる」
女子生徒たちが笑い合っていると教室の扉が開き、主人公(水藤透夏)がやってくる。
透夏:ストレートの黒髪を一つにまとめているツリ目の女の子。いつも少し古くなったつまみ細工のブレスレットをしている。
透夏は女子生徒たちを無表情のまま見た。
透夏「あなたたち。もう予鈴鳴っているよ。次は移動教室だから、早くカギ閉めたいのだけど」
女子生徒1「わっ! み、水藤さん」
女子生徒2「ごめんね! 気がつかなかった。すぐ行くよ!」
慌てて部屋を後にする女子生徒たち。
廊下から話声だけが聞こえてくる。
女子生徒1「びっくりした~。うち、話したの初めてなんだけど」
女子生徒2「あたしも。ちょっと怖くて話しかけられないっていうか、近寄りがたいよね」
女子生徒1「あーね。少しくらい笑えば違うんだろうけど、入学から二月経ってるのに笑ってるところなんて見たことないからなぁ。何話したらいいのかわかんないや」
女子生徒2「それね。冗談とか通じなさそう。自己紹介のときは『パティシエになりたい』って言ってたけど……あんだけ無表情だと、接客なんて無理じゃない?」
女子生徒1「あはは。言えてる~」
透夏(聞こえてるんだけど……)
去っていく女子生徒たちの会話を聞きながらも、開けっ放しだった窓を閉めに教室に入る。
(透夏のモノローグ)
彼女たちの言う通り、私にはパティシエになりたいという夢がある。
目指すようになったのは、お父さんが街の小さなケーキ屋さんを営んでいたからというのが大きい。
お父さんの作ったケーキは評判で、食べると皆笑みを浮かべると言われていた。
突出した何かがあるわけでもない、高級な食材を使っているわけでもない。
しかもお父さんはあまり表情を外に出さないタイプの人だった。
それなのに街の人達から愛され続けていた。
だから私も、お父さんみたいなパティシエになりたいと思ったのだ。
(透夏のモノローグ終了)