スイーツ王子は、お菓子のようには甘くない!
○透夏の家(夕方)
オープンキャンパスでの体験を無事に終え、ゴキゲンの透夏。
思ったよりも遅くなったため、朔夜は透夏を送る。そのお礼に家に上がってもらいお茶をだして少し話すことになった。
透夏「は~~! 本当に付き合ってくれてありがとうね。知れて良かった!」
朔夜「いや。オレもいい経験になった。良さそうな学校だったな」
透夏「ねー! 器具も使いやすいし、校内もきれいだし、先生たちの教え方も分かりやすいし。改めていきたくなっちゃった」
朔夜「そうか。それはなにより」
透夏「バイト増やそうかなぁ……」
透夏はバイトの予定をアプリで確認しつつ、増やせるかどうかを確認する。
朔夜「あんまり増やして、成績が下がったら怪しまれるぞ」
透夏「それはそうなんだけど……」
朔夜「ていうか。そんなに行きたいなら、夏凪子さんに相談した方がいいんじゃないか?」
透夏「え?」
朔夜「進路なんて親の意見も関わって来るだろ」
透夏「……まあ、そうなんだけどね」
朔夜「何でためらってるんだ?」
透夏「うーん」
気まずそうに頬を掻く透夏。
透夏「実はお母さんと将来の話、したことないんだよね」
朔夜「そうなのか?」
透夏「うん。お母さんのことだから、私が何になりたいって言っても反対はしないと思う。でもパティシエになりたいって言ったらきっとお父さんを思いだすと思う。……お母さん、お父さんのことを本当に愛していたの。だから思いだすのも辛いんじゃないかなぁ」
朔夜「……」
透夏「まあだから、パティシエなりたいとは言ったことなくてさ。普通に就職して、普通の仕事をするっていう選択肢も捨てきれなくて……」
透夏はずっと母を気にかけて、パティシエの話題を出してこなかった。
人を優先してしまう癖がいかんなく発揮されていた。
朔夜「……それでもあんたは夢を諦められないんだろう? あんた、今日すごくいい顔をしていらから」
透夏「……見てたんだ」
困ったように眉を下げる透夏。
今日を楽しんでいたという自覚がある。
朔夜「そりゃあ見るだろ。いつも窮屈そうな顔していたあんたが笑顔になっていたんだから」
透夏「窮屈な、顔?」
朔夜「無理に感情を抑え込もうとしているみたいな顔」
透夏「っ」
驚いたように息をのむ透夏だったが、すぐに感情が抜け落ちたような顔になる。
透夏「……そんなことないよ。私は元からこうだから」
朔夜「違うな。もともとのあんたは活発だったはずだ。……いつも疑問に思っていたんだけど、あんたが笑わないのは親父さんに対する贖罪のつもりなのか?」
透夏「!!」
その言葉にびくりと震える透夏。図星だった。
先ほどは取り繕えた表情が、今はうまく作れなくなっており、不安そうな表情を浮かべる。
透夏「……なんで?」
朔夜「夏凪子さんに聞いた。あんたがずっと親父さんのことを気にしているって」
透夏「……そう。でも放っておいてくれればいいよ別に」
朔夜「放っておける訳ないだろ」
透夏「私と天宮君は契約で付き合ってるふりをしているだけでしょ。関係ないよ」
朔夜「関係か。……それならある」
透夏「え?」
朔夜一歩踏み出し、透夏の腕をとる。
朔夜「オレは、あんたの笑っている顔が好きだから」
透夏「……え?」
真剣な声色で言われた言葉に、思わず顔を上げる。
見上げた朔夜の瞳も真っ直ぐで、嘘をついたりからかったりしている様子はない。
透夏「な、なん……」
朔夜「契約の便利な恋人役。……そんだけの相手に、ここまでするわけないだろ」
透夏「え?」
朔夜「まだわかんねぇの? なんで面倒くさがりのオレが、あんたの用事について行ったり、あんたのことを知りたがっているか」
じっと目を見つめられ、指を絡められる。
透夏「っ!」
朔夜「オレは小さいころこの街にいた。そして、あんたの親父さんに会っている。なら、こうは思わなかった?」
耳元に口を近づけられる。
朔夜「……オレとあんたも、過去に出会ってるって」
目を見開く透夏。
透夏「う、うそ」
朔夜「本当だよ」
透夏「え。で、でも、だって……天宮くんと付き合ったのは、偶然で……」
朔夜「偶然なんかじゃない。言っただろ。オレが日本に、あの高校に入ったのは目的が合ったからだって。オレはあんたを探していた。……あんたは覚えてないみたいだったから、適当に納得できる理由を並べたんだ」
透夏「っ」
混乱している透夏に、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる朔夜。
けれどすぐにいつもの顔になる。
朔夜「ま、それでいいよ。今は。ちゃんと思いださせてやるから。だから……」
うつむいて落ちた透夏の髪の毛を耳に掛ける。
朔夜「ちゃんとオレを見て」
透夏「!」
目をあわせると、信じられないという表情になる透夏だけれど、朔夜の切ない表情に目を反らせなくなる。
朔夜「オレはあんたの笑った顔が好きだった。アルバムの中のあんたみたいにな。……でもオレだって、あんたが望んでそうしているなら何も言わないよ」
透夏「…………」
朔夜「でも違った。今のあんたは、何かに囚われているみたいに窮屈そうだ。だから力になってやりたい。……そう思うのは余計なことなのか?」
透夏「それ、は……」
朔夜「だから聞かせろ。何があんたをそうさせているのか」
透夏「でも……」
透夏は泣き出しそうな顔になる。
透夏「……本当のことなの? その、私みたいな人間がすきだって……」
朔夜「ああ。……オレは、信用できないか?」
透夏「そう言う訳じゃ。……ただ、私は天宮くんにそんな風に思ってもらえる人間じゃないから」
朔夜「あんたがいなきゃ、今のオレはない。もっと卑屈で人を信用できないような人間になっていたはずだ。あんたは自分に価値がないように言うが、オレにとってはなにより大切な相手なんだよ。だから、そんな風にいうな」
少しの間。
お互いの視線が交錯する。
朔夜「はっきり言ってやる。オレは初めからあんたが……透夏が好きだった。だからそんな顔をしているあんたを放っておけるわけがない。一人で抱えるのが辛いのなら、言ってみろ。オレが一緒に抱えてやる」
透夏「っ」
ついに透夏の目から涙が零れ落ちた。