スイーツ王子は、お菓子のようには甘くない!
 ○こじんまりとしたパン屋・放課後(夕方)
 裏口から入り、バイト用の恰好(マスクと頭巾、手袋着用)に着替える透夏。
 スタッフルームに入ると、中年の男の人(透夏の叔父(おじ)。母の弟)と目が合う。


 透夏「叔父さん。今日もよろしくね」
 叔父「おお透夏。連日で悪いな」
 透夏「ううん、全然。むしろ感謝してる。こうして手伝わせてもらって、しかもお小遣いまでくれているんだから」
 叔父「そりゃあ、(めい)にあれだけ頭を下げられちゃなぁ……」


 遠い目をする叔父。


 叔父「なあ、やっぱり今からでも姉さんに言った方がいいんじゃ」
 透夏「それはダメ。お母さんにこれ以上の負担はかけられないって」
 叔父「っといってもなぁ。学校はバイト禁止なんだろ? もし知り合いでも来たら……」


 頭をかく叔父。
 透夏はむすっとした表情で叔父を見ている。


 透夏「叔父さんいつもそれ言うよね。大丈夫だって、ほとんど外に出ないし。仮に見つかったとしても、家の手伝いで通すから。それに、学校から二駅も離れたパン屋にくる生徒なんてそうそういないよ」
 叔父「それはそうだが……」


 難しい顔で黙り込む叔父。


 透夏の家は母子家庭。
 父親は透夏が八歳のころに他界し、母親が一人で育てている。


 透夏「言ったでしょ? お母さん、生活の為にいつも遅くまで仕事頑張ってくれているんだし。せめて自分の夢に必要な費用は自分で稼がないと」
 叔父「製菓学校に行くためなんだろ? そんなの、俺も出すし」

 透夏「ダメだよ。叔父さんだってお金に余裕があるわけじゃないでしょ?」
 叔父「ぐっ」

 透夏「こうして手伝わせてもらってるだけで十分だって」


 自分を育てるために必死に働いてくれている母に余計な心労をかける訳にはいかない。
 だから透夏は叔父の店の手伝いをして夢への資金を貯めていた。


 透夏「あ、ほら。焼けたパン並べないと」


 押し黙った叔父を置いて、店頭に並べに行く。
 店内を見回して、今は誰も知っている顔がいないことを確認するといそいそと並べだすと、店のドアが来客を伝えた。

 ――チリン、チリン


 透夏「いらっしゃいませ~。……ぇ」


 間が悪いなと思いつつ振り返ると凍り付く透夏。


 透夏(な、なんでスイーツ王子がここに!?)


 慌てて体ごと後ろを向く透夏。
 とにかく早く並べて裏に逃げないと、と急いでいると声をかけられる。


 朔夜「すみません。いろいろあって迷っちゃって。おススメってありますか?」
 透夏「ぁ……。ええと」


 全力で目を背けていると、クイニーアマンが目に入る。


 透夏「こ、こちらですね」
 朔夜「クイニーアマンか。確かにおいしそう。じゃあこれと、あと照り焼きチキンサンド一つください」
 透夏「あ、はい」


 透夏(面識がないから、気がついてない……? それともマスクしているから?)


 朔夜が透夏に気がついた様子はなく、ほっと胸をなでおろす。


 透夏(よかった。どうにかなりそう)


 いそいそと詰めて渡すと、ニコリと微笑まれる。


 朔夜「ありがとう、水藤さん」
 透夏「……っ」


 朔夜の言葉が理解できずに固まる透夏。
 そうしている間に、朔夜は退店していってしまった。


 透夏「…………な、なん?」
 透夏「い、今、水藤さんって……?」


 呆然とした顔でドアを見る。


 透夏「……終わった」

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