スイーツ王子は、お菓子のようには甘くない!
 ○街中・最近できたばかりのカフェ(放課後)

 おしゃれな雰囲気(ふんいき)緊張(きんちょう)気味の透夏だったが、それでも興奮している状態。
 その向いの席には朔夜が座り、機嫌よさげにメニューを見ている。


 朔夜「ここ、うまいって噂だったから来てみたかったんだよな。あんたはどれにする?」
 透夏「ど、どれって言われても……。えっ!?」


 透夏、メニュー表の値段を見てぎょっとする。


 朔夜「びっくりした。どうした?」
 透夏「……あ、いや。こ、こんなにするんだ……。パンケーキおいしそうだけど、私にはちょっと……」


 透夏の感覚よりも倍に近いほどの値段。
 お金を貯める必要がある透夏は安めのモノを探す。


 朔夜「なんだ、そんなことか」
 透夏「え?」

 朔夜「気にせず好きなもの選べ。今日はオレ持ちだから」
 透夏「ええ!?」


 先ほどよりも驚く透夏に笑う朔夜。


 朔夜「そんなに驚くこと?」


 驚き顔のまま首を縦に振りまくる透夏にさらに笑う。


 朔夜「()びだっていったろ。それに、ここにはオレが来たかったから連れてきたわけだし。こういうところ、男一人だと入りにくいんだよ」


 見渡せば確かに女子ばかりだった。


 朔夜「あんたと付き合ったのも、こういう場所に行きたいからってのもあるし」
 透夏「そ、そうなんだ」


 透夏(こういうところに来たいってことは……)


 透夏「甘党(あまとう)なんですか?」
 朔夜「んー。特別好きってわけじゃないかな」

 透夏「じゃあ市場(しじょう)調査とか?」
 朔夜「さてね。……で、どうするの? 食べる? 食べない?」

 透夏「あっ、食べます! 食べますけど……」
 朔夜「?」

 透夏「(おご)ってもらうのは気が引けるというか」
 朔夜「気にしなくていいのに」
 透夏「いいえ! うちは母子家庭なんで、どれだけお金が大切で、稼ぐのが大変かを知っているので!」


 力説する透夏に圧される朔夜。


 朔夜「そ、そう。ならこれからもこういうとこに付き合ってもらう駄賃(だちん)ってことでは?」
 透夏「それはこっちが貰いすぎです」
 朔夜「えー……」


 朔夜は面倒(めんどう)くさそうに眉を寄せると、何かをひらめいた顔をした。


 朔夜「んじゃ、今後オレにも弁当作ってきてよ」
 透夏「え?」

 朔夜「あんたの卵焼き、オレの好みだったし」
 透夏「それは量が増えるだけなんで、全然いいんですけど……。本当にそれだけで大丈夫なんですか?」

 朔夜「ああ。それとも、オレがデートで女に金払わせるような男に見える?」


 ちょっと大人な顔をしている朔夜に口ごもる。
 男性経験なんてない透夏には、デートでの普通なんてわからないけれど、これ以上口をはさんでも意味がなさそうで(うなづ)いた。


 透夏「……なら、お言葉に甘えて」


 透夏は食べたかった一番人気のフルーツパンケーキを、朔夜はシンプルなパンケーキを注文する。
 しばらくして出てくると、透夏の目が輝いた。


 透夏「おいしそう……!」


 一口食べると口の中が甘酸っぱいイチゴの味と、控えめな甘さのパンケーキのふわふわな食感でいっぱいになる。


 透夏「ん~~!」
 朔夜「うまい?」
 透夏「うん!」


 思わず笑う透夏。
 それをみた朔夜も思わず笑う。


 朔夜「なんだ。あんた、意外といろんな顔するじゃん」
 透夏「……え」


 無意識だった透夏、思わず顔を触る。


 朔夜「学校じゃ鉄仮面(てっかめん)とか呼ばれてたくせにな」
 透夏「……知ってたんだ」


 朔夜と付き合っているという(うわさ)で透夏を見に来る女子たちの間で、鉄仮面というあだ名が付けられていた。


 透夏「……先輩も、怖いって思いますか?」


 透夏(他の人に顔のことを言われるのは慣れた。……でも)


 透夏、気にしている風。
 ぎゅっと手を握りしめる。


 透夏(だめだよ透夏。私には、笑顔になる資格(しかく)なんてないんだから……)



 透夏の脳裏にあるのは過去(大好きだった父が亡くなった原因)の記憶。


 朔夜「……」


 正面で見ていた朔夜、何かを感じ取った様子。


 朔夜「あんたがそうありたいと思ってそうしているんなら、良いんじゃない?」
 透夏「え?」

 朔夜「他の奴らの言うことなんて、別に気にしなくていいと思うけど。てか、気にしてたらきりがないし。それに――」


 グイっと身体をテーブルの上に乗り出す朔夜。


 朔夜「あんたのそういう顔は、オレだけが知ってればいい」
 透夏「!?」


 真剣な表情に思わずドキッとする。
 そのまま頬に手を添わされ、反射的に目をつぶる。


 透夏「…………?」


 しばらくしても何も起こらず、ゆっくりと目を開ける。
 目の前には笑いを(こら)える朔夜がいた。

 からかわれていたと把握(はあく)した透夏はみるみる赤くなっていく。


 透夏「ひどい! またからかったんですか!?」
 朔夜「人聞き悪いな。頬にクリームが付いていたから、取ってやったんだけど?」

 透夏「うそっ!?」
 朔夜「あはははは」


 勘違いしていたことにさらに赤くなっていく。


 朔夜「なーにを勘違いしたのかな? この変態(へんたい)さんは」
 透夏「~~~!」


 恥ずかしさで死にそうになり、無言でパンケーキを爆食いする。
 それにまた笑われ、楽しそうな声と共にカフェデートが続いていく。
< 9 / 74 >

この作品をシェア

pagetop