《新装・R15版》夜伽侍女が超絶鈍感を貫いたら、皇太子の溺愛が待っていました〜蟲姫は美しい蝶に夢を見る〜

途中で彼らが立ち止まって談話を繰り広げようが、敷物を広げてピクニックを始めようが……姿が見えなくなるまでは何があっても絶対に!
顔をあげてはならない——そういう《《しきたり》》なんだそう。

最初は、宮廷に来た日。
アリシアと共に荷物を持ち、与えられた部屋に向かっている時だった。
通り過ぎる者達に頭を下げていたら、アリシアがそっと耳打ちをする。

『この香り、カイル殿下だわ……』

アリシアは以前も侍女をしていたので、皇城のことはなんでもよく知っている。
もちろん皇太子殿下のことも。 
あの時は香りだけで人を見抜けるのかと感心したが、『皇太子様の香り』が特別だということを、セリーナもすぐに知ることになる。

目の端に映る人影に、カイル殿下を見てみたい衝動をどうにか抑えながらお辞儀を続けていると。
足早に歩く複数人の気配の後ろをバッと風が通り過ぎ、その風にまみれて高潔《こうけつ》なムスクの残《のこ》り香《が》が鼻腔に届いた。

———いい匂い。

あの時に感じた心地よい衝撃を、セリーナは忘れることができない。

 





この日も立ち止まって頭を下げていると、一人の男性の気配が足速に頭の真横を通り過ぎて行った。

『皇太子殿下』だと、彼を取り巻く風の香りですぐにわかる。



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