女子高生のワタクシが、母になるまで。
卒業式
卒業式当日、河野は進路委員の後輩からピンク色の小さな花束を渡されていた。
一通り挨拶し、帰ろうとする姿が見えた。
クラスで打ち上げがあるらしいが、河野は参加しないのだろうか。
「河野、卒業おめでとう」
「…ありがとうございます」
「その…かわいい…花束だな」
「スイートピーです。この花好きだからうれしいです」
「クラスの打ち上げには出ないのか?」
「はい。先約があって。先生は出るんですか?」
「いや、俺はこれから小論文の指導だ」
国立二次試験の後期日程を受験する見込みの者が数人いて、ほかの担当の教師とともに指導することになっていた。
俺が言うのもなんだが、卒業の余韻もへったくれもなくて大変だな。
「そうですか。大変ですね。失礼します」
「あ…河野」
「まだ何か?」
「ええと――気をつけて帰れよ」
「はい」
終始、河野の態度に冷めたものを感じた。
好きな花をもらってうれしいと言うときでさえ、だ。
つい呼び止めたら、「まだ何か?」と言われてしまった。
俺は無自覚ではあったが、何か彼女の気を悪くするようなことをしてしまったのだろうか。
◇◇◇
ひと仕事終えて6時頃、駅前のアーケード街の中にあるファミレスで夕飯を食ってから帰ることにした。
「羽目を外す生徒がいるかもしれないので、それとなく盛り場の様子を見てから帰ってほしい」と学校から言われたが、どうせみんな見つからないよう、要領よくやっているだろう。
カラオケ店などが立ち並ぶ辺りを特に何も考えずに流していたら、いつだったか文化祭で見かけたクイズ研のOBだという男が、女の子の肩を抱いて向こうからやってくる。
女の子は水色のワンピースを着て、大きな紙袋を持っている。
私服だったので気付かなかったが、それは河野だった。
下を向き気味で歩いていたので、俺とすれ違ったことも気付いていないし、男は多分、俺を覚えていない。
河野の表情が精彩を欠いていたのと、2人が向かう方向が気になった。
この先は、ラブホテルと古臭い連れ込み宿のようなものが数軒並んだ、少し寂しい通りに通じているはず。
◇◇◇
俺はどうしようというのだろう。気付けば2人の後を追っていた。
アーケード街を歩いているうちは、ほかにも大勢の人間がいるので大丈夫だと思うが、ラブホテル界隈は、ある程度「そこ」に用事のある者しか行かないし、行こうとするもにも、人目を気にして慎重になるだろう。
ちょっとした探偵の尾行調査のような心構えになっていた。
気付かれないように後を追い、2人が入ろうとしたところで阻止して…。
阻止すべきなのか?無理やりならまだしも、同意の上なら…。
しかし、生徒の不品行なら見逃せない。
一応今月末までは、河野は我が校の生徒なのだ。
自分が何をしたいのか、どうすべきなのかが固まらずにいたら、2人がホテルの前でもめ始めた。どさくさ紛れに近づいてみると、やはり入るの入らないので意見が分かれていたようだ。
「やっぱり嫌です!ごめんなさい」
「そりゃないだろう?せっかく卒業まで我慢してやったのに!」
「ごめんなさい――私、好きな人がいるんです!」
「ざけんなよ、俺に色目使ってたくせに!」
「そんな…」
俺はそれを聞いて、本能的に2人に割って入り、河野の手を引いた。
「何だよ、お前!」
「俺は――河野五月の担任の桐本だ。さすがにこの状況を見過ごすわけにはいかない。
悪いが連れて帰るぞ」
◇◇◇
「先生、何なんですか一体!」
河野は戸惑いながらも俺についてきてくれた。文句を言いながらも、俺の手を振り払おうとはしなかった。
追ってくる様子もなかったので、アーケードに戻り、歩く速度を落として言った。
「お前と少し話したい。どこかでお茶でも飲もう」
「私は話なんかありませんよ!」
「俺はあるんだ。まだ本校の生徒だからな。教育的指導だ」
「……」
よしよし、若干パワハラ気味だが、素直に言うことを聞いてくれそうでよかった。
俺たちはチェーン系の席数の多いカフェに入った。閉店まで2時間ある。
ブレンドとカフェモカを注文し、円卓とソファの組み合わせの2人がけの席に差し向かいで座った。
一通り挨拶し、帰ろうとする姿が見えた。
クラスで打ち上げがあるらしいが、河野は参加しないのだろうか。
「河野、卒業おめでとう」
「…ありがとうございます」
「その…かわいい…花束だな」
「スイートピーです。この花好きだからうれしいです」
「クラスの打ち上げには出ないのか?」
「はい。先約があって。先生は出るんですか?」
「いや、俺はこれから小論文の指導だ」
国立二次試験の後期日程を受験する見込みの者が数人いて、ほかの担当の教師とともに指導することになっていた。
俺が言うのもなんだが、卒業の余韻もへったくれもなくて大変だな。
「そうですか。大変ですね。失礼します」
「あ…河野」
「まだ何か?」
「ええと――気をつけて帰れよ」
「はい」
終始、河野の態度に冷めたものを感じた。
好きな花をもらってうれしいと言うときでさえ、だ。
つい呼び止めたら、「まだ何か?」と言われてしまった。
俺は無自覚ではあったが、何か彼女の気を悪くするようなことをしてしまったのだろうか。
◇◇◇
ひと仕事終えて6時頃、駅前のアーケード街の中にあるファミレスで夕飯を食ってから帰ることにした。
「羽目を外す生徒がいるかもしれないので、それとなく盛り場の様子を見てから帰ってほしい」と学校から言われたが、どうせみんな見つからないよう、要領よくやっているだろう。
カラオケ店などが立ち並ぶ辺りを特に何も考えずに流していたら、いつだったか文化祭で見かけたクイズ研のOBだという男が、女の子の肩を抱いて向こうからやってくる。
女の子は水色のワンピースを着て、大きな紙袋を持っている。
私服だったので気付かなかったが、それは河野だった。
下を向き気味で歩いていたので、俺とすれ違ったことも気付いていないし、男は多分、俺を覚えていない。
河野の表情が精彩を欠いていたのと、2人が向かう方向が気になった。
この先は、ラブホテルと古臭い連れ込み宿のようなものが数軒並んだ、少し寂しい通りに通じているはず。
◇◇◇
俺はどうしようというのだろう。気付けば2人の後を追っていた。
アーケード街を歩いているうちは、ほかにも大勢の人間がいるので大丈夫だと思うが、ラブホテル界隈は、ある程度「そこ」に用事のある者しか行かないし、行こうとするもにも、人目を気にして慎重になるだろう。
ちょっとした探偵の尾行調査のような心構えになっていた。
気付かれないように後を追い、2人が入ろうとしたところで阻止して…。
阻止すべきなのか?無理やりならまだしも、同意の上なら…。
しかし、生徒の不品行なら見逃せない。
一応今月末までは、河野は我が校の生徒なのだ。
自分が何をしたいのか、どうすべきなのかが固まらずにいたら、2人がホテルの前でもめ始めた。どさくさ紛れに近づいてみると、やはり入るの入らないので意見が分かれていたようだ。
「やっぱり嫌です!ごめんなさい」
「そりゃないだろう?せっかく卒業まで我慢してやったのに!」
「ごめんなさい――私、好きな人がいるんです!」
「ざけんなよ、俺に色目使ってたくせに!」
「そんな…」
俺はそれを聞いて、本能的に2人に割って入り、河野の手を引いた。
「何だよ、お前!」
「俺は――河野五月の担任の桐本だ。さすがにこの状況を見過ごすわけにはいかない。
悪いが連れて帰るぞ」
◇◇◇
「先生、何なんですか一体!」
河野は戸惑いながらも俺についてきてくれた。文句を言いながらも、俺の手を振り払おうとはしなかった。
追ってくる様子もなかったので、アーケードに戻り、歩く速度を落として言った。
「お前と少し話したい。どこかでお茶でも飲もう」
「私は話なんかありませんよ!」
「俺はあるんだ。まだ本校の生徒だからな。教育的指導だ」
「……」
よしよし、若干パワハラ気味だが、素直に言うことを聞いてくれそうでよかった。
俺たちはチェーン系の席数の多いカフェに入った。閉店まで2時間ある。
ブレンドとカフェモカを注文し、円卓とソファの組み合わせの2人がけの席に差し向かいで座った。