男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました
「リッ、リーチェ、大丈夫ですか?」

 まさか令嬢が人を殴るなんて思ってなかったのか、周りは呆気にとられていた。けれどそんな群集の中でいち早く我に返ったレオンが、私に近づいて肩を抱いている。
 この状況で何が悔しいって、痛い思いをしてお見舞いした私の渾身の一撃を受けてなお、キールは倒れもせず踏み留まったことだ。
 レオンの時は思いっきり情けない姿で倒れ込んだのに、私ではそうはいかなかったのが納得いかない。

「きっ、貴様……今度ばかりは本気で許さんぞ!」

 倒れはしなかったものの、私のパンチが効いたのは確かなようで、キールは頬を手で抑えている。
 そんなキールが私に向かってくる様子を見て、レオンが間に立ちふさがってくれた。
 けれどそんなレオンの体を押しのけて、私ははっきりとした口調でこう言った。

「キール・ロッジ・コーデリア公爵様、本気で許さないのは私の方です!」

 キールに頬を打たれ、ドレスを破かれ、罵声を浴びせられていた時は、さすがの私も恐怖を感じた。

「先ほどあなた様はおっしゃいましたね。位の高い騎士が一般人に決闘を申し込むなど狂気の沙汰だと。それを言うのであれば、一介の令嬢に手を上げ手駒にしようとしたあなたは狂気を通り越し、異常者と呼ばずにはいられないのではないでしょうか」

 私が恐怖を感じたのはキールにというよりも、女性よりも圧倒的に力を持つ男性という存在に対する恐怖に近かった。
 力で押さえつけられれば自分が無力で、弱く、されるがままになってしまうそんな自分の非力さに、涙が溢れそうになった。
 ヤツが本気を出せば、私はいつでも亡き者とされてしまう力の差に震えた。
 だからレオンが駆けつけて来てくれた時は、どれだけホッとしただろう。

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