男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました
 指先が震えないように爪の先まで神経を尖らせ、私は未だ熟れた色をその愛らしい頬に乗せたままレオンを見つめる、マリーゴールドへと向けた。

「彼女の足はきっと――」

 全ての言葉を言い切る前に、私は声を失った。
 たくさんの聴衆の中、殺気立つキールと騎士達に視線を奪われていたレオンがやっと、マリーゴールドの存在に気づき、彼女に視線を向けた。

 レオンが私の指先から視線をスライドさせマリーゴールドを見た瞬間、彼の瞳孔は小さく引き締まる代わりに、切れ長な目は大きく膨らむように広がっていく。
 さっきまで無風だったこの場に、サァァッと生ぬるい風が吹き抜けた。まるで何かの感情を動かすための後押しでもするかのように。止まった時を押し動かそうとでもするかのように。
 庭園に広がる花から香る優美な甘い香り。この風はレオンが付けた媚薬の香りをマリーゴールドまで届けたのだろうか。
 風に舞う無数の花弁。その舞ったものが、まるで天使の祝福のようにも見えた。

 ――私は、人が恋に落ちる瞬間を描いた事がある。
 そう、これはまるで、私が描いたマンガのワンシーンのようだった。
 ……私が生き残る選択をし、キールを追わない事。
 私が事業を始めてレオンと接触した事。レオンの為に媚薬香水を作り始めた事。
 いくつかの選択を繰り返し、世界は分岐したのだと考えるようになっていた。
 この世界は選択の連続で、未来はパラレルに広がっているのかもしれないと、小さな期待を胸に抱き始めていた。

 ……ううん。そうだといいなと、願っていたのは私だ。

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