男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました
「怪我はないか?」

 耳元で囁くように問いかけられる、低い声。烏の濡れ羽色をしたツヤのある黒髪。
 顔を上げるとすぐそばには澄んだ湖のように思慮深く、聡明そうな青い瞳が私を映し出している。

 ……ああ、そうだ。レオンの登場シーンでは私、やたらとキラキラ系のトーンをバックに貼ってたっけ……。
 目が開けられないくらい、レオンの周りにはおびただしいほどのキラメク光が放たれている。
 しかもキールとは違った、甘いのに清潔感を感じるような香りがまた、私の心臓をくすぐってくれる。

 キールはクズ男なだけあって、容姿を良く見せるのに力を注いだ。
 そもそも自分が作り出したキャラには愛情をバンバン注ぐため、余計に彼の見た目にはこだわった。
 けれどレオンはそれ以上に力を注いだ相手でもある。なにせ男主人公。かっこよくてなんぼだ。悪役に負ける容姿では問題外。
 それだけにレオンはキールより少しずつ上乗せする形で、自分の好みをこれでもかと注ぎまくった男。
 チャラくなく硬派でツンデレな感じが、キールとは違って中身までもが私のドストライクを突いている。

「……頑張って描いてよかった」

 思わず見惚れてしまうほどのイケメンを堪能するかのごとく、私はレオンに釘付けだ。
 だからこそ、思わず言葉が漏れ出ていたことにもすぐには気づかなかった。

「えっ?」

 ほんのりつり上がった瞳が、おどろいたように見開かれた。
 おっと、しまった! 思わず声に出しちゃってたみたい。

「あっ、いえ、大丈夫です。支えてくださったおかげです。ありがとうございました」

 すっと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。

「せっかくのパーティです。医務室へは一人でも向かえますので、どうぞ侯爵様はパーティを楽しんできてくださいませ」

 イケメンを見すぎて、これ以上は逆に目の毒だ。
 さっきから鼻の奥がツーンとして鉄のような味を感じるのもきっと、そのせいだと思う。
 鼻血が噴水のように吹き出してしまう前に、距離を取るべきと考え、私はもう一度ドレスを少し持ち上げてお辞儀をし、その場を立ち去ろうとした……けど。

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