男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました
 ――キス、と言っても肌に触れるか触れないかの、形だけのものだった。

 むしろその距離感にもどかしさを覚える。
 キスの真似事をした後も私の手を取ったままで、こう言った。

「令嬢が跪くよりも、令嬢の前に男が跪く方が絵になるだろう」

 ……だから無駄にイケメンは、苦手なのよ。
 下から見上げるように私を見るレオンは、可愛いとかカッコいいとかそういった言葉では足りない。
 同時に、血反吐を吐きながら精神と体力をゴリゴリ削って描いた前世の私が報われたような気がした。

「ひとつ、私と取引きをしないか?」
「取引き……ですか?」

 レオンに手を引かれながら立ち上がった私は、再びソファーに座らされる。今度は対面ではなく、彼の隣に。
 恐れていた事が現実になった瞬間だわ。
 青い瞳が至近距離から真っすぐ私を見つめる。
 その目にジッと見つめられると――私の心臓が耐えられないから、もうちょっと話すピッチ上げてもらえないかしら……?

 言葉は心の中でだけつぶやき、鼻血が出ないように鼻をそっと手で抑える。
 イケメンの目の前で鼻血吹き出すなんて、私の作り出したシリアスな令嬢マンガではあってはならない事だ。
 その危険因子だけは避けたい。
 私の考えなどつゆほども知らないレオンに向けて、私はニッコリとほほ笑みえを浮かべた。
 なけなしの余裕を見せつけるために。

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