司法書士は看護学生に翻弄される


山本さんは別れ際に「後でラインするよ」と言って駅へ向かって歩いて行った。
林さんは車まで優菜と朝陽を送ってくれた。

「随分親しい関係なのかな?」

「全然親しくはないです。たまにラインするくらいで、個人的に会ったりしたことはないです」

尋問みたいたなと思った。林さんはベビーカーで眠ってしまった朝陽をそっとチャイルドシートへ移した。そして。

「今日は残業して欲しい」
林さんは優菜にゆっくりとそう言った。
さっき残業しましょうかと訊いたら、いらないといったじゃないですか。朝陽を車に乗せてから言われたので、困ったなと思い。

「明日休日出勤しますので今日はこのまま帰ってもいいですか?」
と申し訳なさそうに林さんに尋ねると。

「今日このまま君の家へ朝陽の泊りの用意を取りに帰る。だから君と朝陽と僕3人でうちで残業して欲しい」
……泊り?

「いや、えっと……ちょっとそれは困ります」

「なんで?」
いつもの林さんの雰囲気ではない。表情は全く普段と変わらないが、穏やかさがなく絶対断わるなという強引さを感じた。

「兄が、心配しますので……」

「お兄さんには僕がちゃんと説明する。このまま僕が車の運転をするから、君は助手席に乗って」

「林さん何をそんなに怒ってらっしゃるか分かりませんが、少し強引ですし、職権乱用です」

「訴えればいい。受けて立つ」

「……はい?」

林さんはキーを出してと右手を差し出すと、運転席に乗り込み座席を目いっぱい下げた。

なんだかよく解らない林さんの態度に、今は何を言っても聴く耳を持たないだろうと思い。優菜もおとなしく助手席に乗りこんだ。

朝陽がチャイルドシートに乗っているので、私が逃げ出すわけにはいかない。

「あの、残業するから、子供と泊まれなんて普通あり得ませんから」

「……」

「もし、さっき山本さんと動物園へ行くっていう事に対して怒ってらっしゃるのなら、動物園には行きません。断ります最初から断るつもりでしたから」

林さんは運転しながら優菜の言葉をきいている。
けれどまるで嫉妬した彼氏みたいな態度には腹が立つ。付き合ってはいないし、そもそも二人の間にはそれらしい事なんて今まで一度もなかった。
林さんに個人的に食事に誘われたことすらない。

「朝陽は、動物園へ行ったことがある?」

行ったことなんてあるわけがない。いいえと優菜は首を振った。
1人で赤ちゃんを連れて出かけられる距離ではない。近場の公園やせいぜい海までが限界だ。

「朝陽の初めては全部ぼくのもの。君の初めても全部僕のものだ」

「初めてって……」



「もう待つのも限界だ。…………朝陽は俺の息子だ」

林さんが前を向きながら、ゆっくりと優奈にそう告げた。
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