恋の微熱に溺れて…
「…う、うん。実は…」

せっかく素敵な温泉に来たというのに、情緒がないと思われるかもしれない。
自分でもそう思う。もっと理性的でありたかった。そうすればもっとこの風情を楽しむことができたのに…。
それよりも色欲が優先されてしまう自分が憎い。浅ましい自分に嫌気が差す。

「…実は俺もめちゃくちゃ楽しみにしてたんです。だって…」

このままここで突入するみたいだ。私は構えて待つ。浴衣を着た意味がない。
いや、もしかしたら、そっちの方が情緒があるのかもしれない。私はまだまだそういった作法を分かっていないみたいだ。勉強不足が仇とならずに済み、内心安心している。

「だって…?」

安心しつつも、言葉の続きが気になるので、その先を煽った。
今からどんな言葉を囁かれるのか、ドキドキしながら言葉の続きを待った。

「ここの旅館、お酒の種類が豊富だって、ホームページに書いてあったんです。せっかくなので、美味しい地酒が飲みたいなと思いまして…」

想像していた展開と全く違った。浅ましいことを考えていた自分を恥じた。
一旦、そんな自分をなかったことにし、そのままお酒の話題に乗っかった。

「わ、私も実は地酒を楽しみにしてたの…」

本当は地酒の存在を知らなかったけど。ここは話をスムーズに進めるために、知っているフリを続けた。何食わぬ顔で。
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