音無くんはあたしにだけ甘い

【第三話 音無くんの恋愛事情】

〇校庭・体育の授業・体操着
男子は短距離走。女子はフットサル。
フットサルを終えた愛衣と胡桃は、汗を拭きながらグラウンドの隅っこに座って休憩している。
愛衣「胡桃。あたし、ものすごい勢いで大人の階段駆けあがってるよ」
目を輝かせる愛衣。
胡桃「は?意味わかんない」
愛衣「昨日ね、音無くんと手繋いじゃったんだよね!」
頬に手を当てて騒ぐ愛衣。
胡桃「手繋いだぐらいでなにを偉そうに」
愛衣「実は昨日ね――」
呆れた様子の胡桃に愛衣は昨日の音無とのデートの話をする。
胡桃「――マジか。音無くん、愛衣の前では全然大人しくないじゃん」
愛衣「それ、名前とかけたかっただけでしょ?」
胡桃「へへっ、バレたか?」
胡桃がケラケラ笑う。
胡桃「音無くんって愛衣の前ではそういう感じなんだ?」
胡桃「彼、女子と必要最低限の会話しかしないし、女嫌いなのかと思ってた」
愛衣「え~、そう?しゃべりかけたら普通に話してくれるよ」
胡桃「それは彼が愛衣のこと好きだからでしょ」
胡桃「愛衣だけ特別ってこと。分かりやすいね」
愛衣(あたしだけ、特別?)
〇昨日のデートの回想。
『愛衣』と名前を呼ばれて手を握られてドキドキしている愛衣からパッと手を離す音無。
音無『ごめん、一宮さんに意識してもらいたくて、ちょっと急ぎ過ぎた』
愛衣『ううん、全然!』
音無『食べ終わったし駅前のゲーセンでも行く?』
愛衣『うん!』
何事もなく普段道理の音無。
UFOキャッチャーを見ている愛衣に音無は『欲しい?』と尋ねてあっという間に取ってプレゼントしてくれた。
愛衣(音無くんとのデート、楽しかったなぁ)
愛衣(だけど、やっぱり音無くん……慣れてる気がするんだよなぁ)
胡桃と愛衣は短距離走を走ろうとしている音無に目をやる。
陸上部やサッカー部の男子がやる気満々に準備運動をする中、一人気だるげな音無。
愛衣「あ、音無くんだ」
大勢いる男子の中からすぐに音無を見つける愛衣。
胡桃「アンタ彼女なんだから応援してやんなよ」
胡桃に言われてハッとする愛衣。
愛衣「あ、そっか。音無くーーん!!頑張れ~!」
スタートラインに立った音無にブンブンと手を振る愛衣。
音無は愛衣に気付いてふっとわずかに表情を緩めて小さく手を挙げた。
胡桃「へぇ。音無くんってあんな顔するんだ」
胡桃が感心したように呟いたとき、パンッとピストルの音が鳴る。
音無は地面を蹴り上げて駆け出す。ぐんぐんとスピードに乗り走る音無は陸上部を圧倒して一位でゴールする。
愛衣「えええええーー!!音無くん、すごっ!!かっこいい!」
一人大盛り上がりの愛衣。
胡桃「マジうるさっ」
その隣で耳を塞ぐ胡桃。

〇校庭・体育の従業
音無のいる方へ場面変わる。
遠くの方で喜ぶ愛衣を見てふっと笑みをもらす音無。
音無(俺って単純だな。全然やる気なかったのに一宮さんの応援でやる気出すなんて)
悠馬「お前、愛衣と付き合ってるんだって?」
ふいに隣にやってきた悠馬に声を掛けられる。
音無「うん。でも、まだ正式に付き合ってるわけじゃないけど」
悠馬のことを真っすぐ見つめて言う音無。
悠馬「遊びなら今すぐアイツと別れろ」
牽制するように言う悠馬。
音無「遊びじゃないから」
悠馬「なんで愛衣なんだよ」
切実な表情の悠馬。
音無「なんで?一宮さんが好きだからだよ」
悠馬「いつから?」
音無「それを聞いてどうするの?」
冷静に切り返す音無。悠馬は眉間に皺を寄せて黙り込む。
それを見ていた音無は小さく息を吐く。
音無「一宮さんが早瀬くんに告白ドッキリするって聞いて、もしかしたらその場のノリで二人が付き合うことになるかもって焦った。で、告った」
悠馬が複雑そうな顔をする。
悠馬「なんで俺にそんなこと教えんだよ」
音無「隠してるのってなんか卑怯だと思って。早瀬くんも一宮さんのこと好きなんでしょ?」
悠馬「別にそんなんじゃない」
音無「そっか。じゃ、もう遠慮しない」
冷静な口調で牽制する音無。
すると、女子たちの方から悲鳴が上がる。
遠くで顔面にボールの当たった愛衣が倒れている。
胡桃が「ちょっ、愛衣!大丈夫?」と声を掛けている。
悠馬「――アイツ、なにやって」
走り出そうとした瞬間、悠馬よりも早く愛衣に向かって駆けていく音無。
その背中を見つめてグッと拳を握りしめる悠馬。
女子たちがオロオロするなか、愛衣に駆け寄る音無。
音無「俺が保健室に連れてくから」
颯爽と現れた音無は軽々愛衣をお姫様抱っこする
胡桃「えっ。音無くん、最高か!」
その場面を見ていた他の女子たちも目をハートにする。
愛衣「――えっ!?音無くん!?」
音無の腕の中で意識を取り戻した愛衣は、お姫様抱っこされていることに驚き、バタバタ暴れる。
愛衣「無理無理!下ろして!!」
愛衣(てか、顔近すぎておかしくなる)
音無「さっきまで意識失ってたんだから大人しくしてて」
愛衣「やだやだやだ!」
愛衣(汗かいて絶対メイクもよれてるし!)
愛衣(やだやだ、こんなとこ見られたら嫌われちゃう)
愛衣(彼氏の音無くんには可愛いところだけ見せたい!)
必死の抵抗を続ける愛衣にちょっぴり困ったような顔をする音無。
音無「ごめん、俺にこんなことされるの嫌だよね」
愛衣「違う!!あたしの重みを音無くんにバレるのが嫌なの!!」
音無「え?」
愛衣「すっごい重たいでしょ!?幻滅しないで~!」
恥ずかしそうな表情の愛衣にくすっと笑う音無。
音無「なら下ろさない。彼女のこと守れるぐらいの力はあるから」
音無の言葉にキュンッと胸を高鳴らせる愛衣。
二人の姿に女子たちが黄色い悲鳴を上げる。
その中の一人の可愛い女子が、ジッと意味ありげに愛衣と音無を見つめる。


〇保健室
誰もいない保健室。
音無「これで冷やして。しばらくゆっくりしてたほうがいいよ」
ベッドの上の愛衣に保冷剤を手渡す音無。
愛衣「ありがと」
ベッドサイドに座る音無。体操着から伸びる前腕の逞しさを見て彼が男の子なんだと実感して愛衣はドキドキする。
愛衣(あたし音無くんにお姫様抱っこされちゃった……)
細身だと思ってたのに力強い腕と逞しい身体に心臓のドキドキが収まらない。
音無「俺もう行くね」
愛衣「あのっ、音無くん!」
音無「うん?」
愛衣「今日の音無くん、めちゃくちゃカッコよかったよ!!」
立ち上がった音無に言って恥ずかしさから布団を口まで隠す愛衣。
音無がびっくりしたみたいにぽかんっとした表情を浮かべた後、ふわりと眩しい笑顔を浮かべた。
愛衣「……っ!!」
普段あまり表情豊かではないクールな音無の笑顔の破壊力にやられる愛衣。
音無「そっか。よかった」
音無「もっとカッコいいって思ってもらえるように頑張る」
音無のことを見てドキドキと胸を高鳴らせる愛衣。
愛衣(ヤバい、ドキドキする……!)
愛衣(え、てかなにあれ。ズルいよ、音無くん。ギャップ萌えじゃん)
ベッドの上で悶絶する愛衣。
音無が出て行ってから数分後、ガラガラッと保健室の扉が開く音がする。
愛衣(え……。もしかして音無くんが戻ってきたのかな……?)
愛衣「……――音無くん?」
ベッドのカーテンが開かれる。
愛衣と女(元カノA)は目が合い互いに驚く。驚いて勢いよく起き上がる愛衣。
元カノ「ごめんね、人がいるの気付かなくて」
愛衣「ううん!気にしないでっ」
愛衣(ていうか、この子キラキラしててめっちゃ可愛い……!)(手足も細いしなんかいい匂いもする)(ああ確か、隣のクラスのモテ女子だ!)
元カノ「そういえば、さっきボールぶつかってたよね?大丈夫?」
愛衣「うん、全然大丈夫!」
笑顔で答える愛衣。
元カノ「そういえば、綾斗と付き合ってるって本当?」
愛衣「綾斗……?」
愛衣(ああ、音無くんのことか!)
愛衣「うん!付き合ってる……よ」
最後はごにょごにょ言う愛衣。
愛衣(て言ってもまだお試し期間だけど)
元カノ「そうなんだ。綾斗って優しいでしょ?」
元カノが意味深に言って微笑む。
愛衣「音無くんと知り合いなの?」
元カノ「うん。私、綾斗と付き合ってたの」
愛衣「えっ……」
可愛い元カノが微笑む。
言葉を失う愛衣。
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