うみのはじまりは花火
「うみー! 遅刻するわよ」

朝、一瞬で絶望に引き込まれるこの瞬間が嫌いだ。

やっちまった。
 
冷水をかけたように冴え渡る頭に、私は布団から飛び上がり、バタバタと部屋を駆けずり回る。

最低限の"わたし"を完成させると、

家から出て、香る潮風に、問答無用で坂を下った。

私が通う港高校は海の間近に位置したロケーションで有名だ。

なんでも電車組はわざわざその景色目当てで受験したと言う人もいるらしく、

世間でウチはそれくらいエモい学校として認識されている。

しかし、私のような地元民からしたら、最高のロケーションも、変わり映えのしない日常の風景に過ぎないわけで、今日も今日とて海と白い校舎とセーラー服を持て余している。

「セーフ……!」

教室に駆け込むと、まだ担任は来ていないようだった。

それが最悪の朝のせめてもの救いだ。

しかし、そう思ったのも束の間、次の瞬間にはトンっと頭をこづかれ、「うっ」と情けない声が口から漏れる。

「アウトだ。早く座りなさい」

クラスメイトがくすくすと笑う。

頭を押さえ後ろを振り返ると、そこには担任の小倉が名簿を持って仁王立ちしていた。

「……すみません」

小倉秋人先生は、栗色の髪を七三で分け、やぼったい黒眼鏡をしている新米教師だ。

規律と規則に厳しく、まだ20代半ばのくせに管理職の貫禄がある。

童顔でよく見ると可愛らしい顔立ちをしていると思うのだけれど、いつもムスッとしているから私は苦手だ。

「……髪とタイが乱れている。気をつけなさい」

「はぁい」

私は、ただ先生の眼鏡の下に深まる眉間の皺をじっと見つめていた。

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