うみのはじまりは花火
「そういやもうすぐ夏祭りか」

この時期になると、廊下の掲示板に地元の夏祭りのポスターが張り出される。

その前を通り過ぎるたび、今年は誰かと行けるのかしらと淡い期待が胸をよぎった。

「楽しみやんな〜!!」

「彼氏持ちはいいよね」

きゃぴきゃぴとする多恵ちゃんが羨ましかった。

「うみも行けばいいやん」

「行く人がいないんよ」

「クラスの男子誘ってみたらどうや?」

「え」

なんてことなさそうに、大胆な発言をする多恵ちゃんが私は恐ろしかった。

「それガチで言ってる?」

多恵ちゃんは、悟ったような目をこちらに向けると、ガッと私の肩を掴んだ。

「あのなうみ、自分から動かな何も始まんないやで」

「うっ、」

「前から言おう思ってたんやけど、うみ、あんた、もどかしいねん」

多恵ちゃんは続けた。

「彼氏欲しい、欲しい言いながら一向に好きな人作らんし、作る努力もしてないやろ」

全てが図星すぎて、否定する言葉も見つからなかった。

「うちが思うに、うみは好きになって付き合うタイプやなくて、付き合ってるうちに好きなるタイプやない?」

「そうかも?」

よく分からないまま同意する。

「人生って短いんやで。後悔がないよう生きなきゃ損や」

多恵ちゃんの言葉にはやけに重みがあって、だからこそ私のことを悩ませた。

クラスの男子を誘う、ね。

うちのクラスの男子は結構粒揃いだと思う。

学級委員の樽見くんは文武両道で、生徒会にも所属していて、博識な感じがかっこいいし、

山田はいつもヘラヘラとしていて口開けば「彼女ほしー」でバカっぽいところもあるけど、学校行事とかいざってときに頼りになるんだよね。

坂上くんは、親が社長とかでボンボン確実だし、

新戸部くんは小柄だけど、アイドル顔で可愛いと他クラスからも評判だ。

私、誰を誘えばいい?

ていうか、みんな彼女とかいるのかな。

あんまり興味なかったから、クラスメイトのそう言う事情把握してなかったけど、それを知らないことにはお祭りに誘えないよね。

もし彼女持ちに声かけようもんなら、私、速攻悪女やん。

多恵ちゃんに良さげな人見繕ってもらおうかな。

あーあ、こんなことなら約束しなきゃよかった。

多恵ちゃんに今年はクラスの男子誘って夏祭り行くから見てて、なんて。


ドンっと言う衝撃の後に、ばらばらばらと、本が床に散らばった。

私は一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、目の前に立ちすくむ男子生徒に、あぁぶつかってしまったんだと思った。

「ごめん! 大丈夫?」

床に落ちた本を拾い上げる。

それは私であればおおよそ読まない、学術書の類だった。

「こちらこそすみません。本で前が見えなくて」

そう言って申し訳なさそうにする男子生徒には見覚えがあった。

「あれ、同じクラスの……」

「小倉です」

「ごめん、忘れてたわけじゃ」

慌てて言うと、小倉は首を振った。

「いいんです、僕は加納さんみたいに目立つタイプじゃないから」

「そんなことはないと思うけど……難しそうな本だね」

私は拾い集めた本を差し出した。

彼はありがとうございますと言って受け取った。

「ちょっと気になることがあって」

ちょっと気になる、それだけでこんなに難しそうな本を何冊も借りようと思う精神がすごいと思った。

「ねぇ、8月3日空いてる?」

「え?」

メガネの奥で小倉くんがびっくりしたような顔をする。

「一緒に夏祭り行こうよ」

その言葉は私の口から驚くほどスッと飛び出した。

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