激流のような誠愛を秘めた神主は新米巫女を離さない
「……結婚を申し込まれています」
 あれは冗談だった。だが、言われたこと自体は事実だ。

「なんであんたなんかが!」
 優奈はバッグに手を入れ、裁ち(ばさみ)を取り出した。それを紫緒に向け、刃を開く。

 紫緒は(おのの)いた。
 あんなもので刺されたら、無事では済まない。

「やめてください!」
「大人しくしてたらすぐにすむわよ」
 優奈はにやにやと言う。

 とにかく逃げなくちゃ。
 紫緒は走り出した。優奈のいない方へ。

「待ちなさい!」
 優奈が追い掛けて来る。
 一度閉めた扉を開けようとするが、手が震えてしまってうまく開けられない。

 足音がして、紫緒は首だけで振り返る。
 優奈が意地悪な笑みを浮かべて近付いてくる。

「大人しくしなさいよ。でないと手元が狂うから」
 紫緒は急いで鍵を開ける。
 がちゃ、と音がして錠が開いた。

 そのまま外に飛び出す。
 賽銭箱を通り過ぎるとき、ついでに本坪鈴の縄を引っ張った。がらん、と大きな音が鳴る。

 この音で誰か気付いてくれないだろうか。この程度では無理だろうか。
 そう思いながら、裸足で走る。
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