激流のような誠愛を秘めた神主は新米巫女を離さない
 紫緒はドアを開けた。
 予想通り、警備は一人だった。
「トイレが壊れたからほかのトイレに行きたいんですけど」
 まずは日本語で声を掛ける。
 警備の男は首を振った。

「トイレ! 壊れたの!」
 お腹を押さえて叫ぶ。
 まるでお腹がすいた人みたいだ、と思った。

「トイレ! レストルーム、クラッシュ!」
 思いつく単語を並べてみる。
 男は顔をしかめた。
 なんだか通じた気がする。

「ハリアップ! でないとミカに言いつけるから!」
 ミカの名前に、男の顔がひきつった。

 男がドアの前からどくと、紫緒は部屋から出る。
 まずは第一段階、成功。

 男が前を歩き、紫緒は彼に続いた。曲がり角でそっと離れる。
 ミカに連れてこられた通路の記憶を必死にたどる。
 人が来たら隠れ、あるいは平然と歩いてすれ違う。

 ここは大使館と公邸だ。不審者はいないという先入観が人々にあり、それが幸運に作用した。
 そのまま順調に進み、玄関から門を覗く。
 警備員がそこにもいて、紫緒は足を止めた。
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