激流のような誠愛を秘めた神主は新米巫女を離さない
「美津子さん、どちらへ」
 声がして振り返ると、千暁が帰って来たところだった。
「巫女舞保存会でお食事会よ」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
 千暁が頭を下げ、慌てて紫緒もそれにならった。美津子はバイクを押して門に向かって行った。

「紫緒さん、仕事は大丈夫そうですか?」
「正直に言うと、自信がありません」
「まだ二日ですから、これからですよ」
 千暁は穏やかな微笑を見せた。
 紫緒の頭に紗苗の話がよぎる。

「……私が住まわせてもらってる家なんですけど」
「なにか問題がありましたか?」
「権宮司が結婚してから住む予定だったと聞きまして」
「その話ですか。相手もいないのでお気になさらず」
 おそるおそる千暁を見上げると、相変わらずの穏やかな笑みがそこにはあった。

「こちらでは千暁と呼んでくださいね」
「でも……」
「苗字で呼ぶと家族全員が返事をすることになりますよ?」
「そ、そうですね」
 紫緒は困惑しながら答える。

「特に私の祖母ですが、必ず名前で呼んでくださいね。おばあさん扱いされると怒るので」
 だからか、と紫緒は納得した。
 彼はいつも美津子さんと呼びかけていた。
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