激流のような誠愛を秘めた神主は新米巫女を離さない
「そこまで言うならやってやるから、黙っとけ!」
 男は怒鳴り、大きな足音を立てて退室した。

「ごめんね、あの人、機嫌のいいときはいい人なんだけど」
「大丈夫です」
 八つ当たりはやめてほしいが、律に対して言うことではない。

「ちょっと一緒に出掛けてほしいんだけど」
「どうしてですか?」
 紫緒が聞き返すと、律は困ったように首をかしげる。

 ふいにその体がぐらっと倒れ掛かり、紫緒は慌てて支えた。
「ごめん。大丈夫だから」
 律はそう言ってソファに座る。

「……さっきの書類ね、君を気分転換に連れ出して、と彩陽からの手紙だったんだ。けど、どこへ行けばいいのかもわからないや」
 律は微笑して紫緒を見た。

 だが、紫緒はそれがやけに寂しげに見えて胸を締め付けられた。
 いつか見た律は華やかなパーティー会場で、壁際に一人で佇み、豪華な食事には見向きもしていなかった。

 紫緒はハッとした。
「もしかしてごはん食べてないですか?」
「食べたよ。昨日の夜」
「朝と昼は?」
「おなかすかなくて」
 紫緒は唖然とした。

 だからこんなにひょろひょろなのか、と納得もした。
「ごはん食べに行きましょう」
 律は不思議そうに紫緒を見てから、頷いた。
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