わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
プロローグ
 採光用の窓から降り注ぐ太陽の光が、モスグリーンの壁紙の蔦模様を際立たせる。
 クラリス・ベネノは紫紺の目を大きく見開いて、前にいる男性を真っ正面から見つめた。
「クラリス。君の行為には目にあまるものがある」
 男の低い声は、胸の奥にずんと響く。クラリスはひゅっと息を呑みつつも、彼の鋭い目から視線を逸らさない。
 突然、彼から呼び出されたクラリスは、急いで身支度を整えてここへとやってきたのだ。
「殿下……何をおっしゃって……?」
 クラリスの言葉に、男はこれ見よがしに肩を上下させるほどのため息をつき、顔を横に振る。
「心当たりがないとでも?」
 突き刺さるような声だ。それに怯むことなく、クラリスは口を開く。
「ありません。わたくしが何をしたとおっしゃるのでしょう?」
 クラリスが首を横に振ると、空色の髪がぱさりと肩から落ちた。それでも目の前にいる男――アルバート・ヒューゴ・ホランを睨みつける。彼は、このホラン国の王太子である。
 耳まで隠れるさらりとした銀白色の髪、力強い紅玉の瞳、すっきりとした鼻筋に艶やかな唇と、老若男女を虜にする美貌の持ち主であり、人格者としてもその名が知られていた。
「クラリス様……」
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