わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
「絶対に悪いって思っていませんよね?」
 頬を膨らませながらそう尋ねるが、ユージーンは「悪かった」としか口にしない。
「これ以上、君に嫌われても困るからな」
「あら? 嫌われているという自覚はあるのですか?」
「ないな。今のは言葉の駆け引きみたいなものだろう? それに君は、俺のことを嫌っていない」
 事実なだけに少し悔しい。
 クラリスはぷいっと顔を背けてから来た道を戻り始める。
「あ、おい。クラリス。先に行くな」
 慌ててユージーンが追いかけてきて、クラリスを追い抜かそうと獣道からはずれた場所に足を踏み入れる。
 そこは雨でぬかるんでいたようで、ぐちゅりと音を立てたがそれすらおかまいなしのようだ。彼のブーツは、泥で汚れた。
「俺が前を行く」
 それが目的だったのだろう。
 来た道を戻るだけだから、クラリスだって道を覚えているというのに。
 ユージーンの大きな背中を見つめながら、黙って歩いた。いつもであれば帰り道であっても毒虫などを探しながら歩くのに、今はただただ目の前の彼の背をじっと眺めるだけだった。

< 135 / 234 >

この作品をシェア

pagetop