わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 クラリスの名を呼んだのは、アルバートの隣に座っているハリエッタ・ジェスト。彼女はジェスト公爵家の令嬢で、アルバートの婚約者でもある。やわらかな翡翠色の瞳は慈愛に満ちており、金色の髪は豊かに波打っている。穏やかな性格のハリエッタは、社交界でも人気が高い。王太子アルバートの隣に並ぶ女性として、もっともふさわしい。
「クラリス。君は、あのパーティーでわざとハリエッタにぶつかって、彼女が手にしていた飲み物をこぼしたよね? そのせいでハリエッタのドレスは汚れ、退席せざるを得なかった」
 アルバートの目はめらめらと怒りに満ちていて、まるで炎が宿っているように見える。
「それは……」
 事実である。否定もできないし、反論のしようもない。それも、二日前の二人の婚約披露パーティーでの出来事だ。
 ダンスを終えたアルバートとハリエッタは、給仕から飲み物を受け取った。クラリスはそこを狙って、ハリエッタにドンと体当たりした。よろけたとかつまずいたとか、そんな可愛らしいものではない。
 ハリエッタの手からはするっとグラスが落ちて中身がこぼれ、ドレスに大きく染みを作った。数滴跳ねたというものではなく、ビシャッと音が聞こえ、周囲の視線を集めてしまうほどであった。
 クラリスは間違いなくその場の邪魔をした。むしろ意図的に邪魔をした。
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