わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 クラリスをか弱い令嬢とでも思ったのだろう。薬によって眠っているし、抵抗もしないと考えたにちがいない。だからこそ、手足を縛ったのは念のため、なのだ。
(いざとなったら、この毒を……)
 いつも首から提げている毒入りの小さな瓶。クラリスにとって、約五日分の毒が入っている。これは、王都とウォルター領の行き来を考えての量であり、ウォルター領へ向かうときに肌身離さず身に付けるようにと、母親が準備してくれたものだ。
 今ではちょっとしたときにはこの毒を摂取しているため、毒切れを起こす心配はなくなった。
 もちろん、王都で暮らしていたときは手の届く範囲に毒があったから、いつでも好きなときに摂取していた。それでも何かに夢中になってしまったときは、それすら忘れる。
 体内の毒濃度が薄れてくると、目の前がかすんできて発汗し、手足が痺れてくる。この状態をクラリスは毒切れと呼んでいた。そういった状態でもまだなんとか動けるため、そのような兆候があるとすぐに毒を飲んだ。
 基本的には一日最低三回、きっちりと毒を飲んでいれば毒切れは起こさない。
 そのとき、ふっと首筋に息が触れ、ざわりと肌が粟立った。このまま首を絞められてしまうのだろうか。
「クラリス様……クラリス様……あぁ、いいにおいがする……」
 ぬるっと首に何かが触れた。
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