わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 ネイサンが手渡したのは結婚誓約書である。あとはそこにクラリスの名前を書くだけになっている。証人欄は恐ろしいことに国王の名が入るのだ。そんなことをアルバートが言っていた。
「ですが、ユージーン様は不在なのでしょう? わたくしがこれをビリビリッと破ってしまえば、この結婚は成り立たないのではなくて?」
 クラリスの言葉に、控えていた護衛兵がぶるりと身体を震わせる。
「安心してください。もしかしたらクラリス様が緊張のあまり書き損じるかもしれないし、汚すかもしれない。そう思っていたユージーン様は、これをあと九十九枚ほど準備しております」
「でしたら、せっかくなので一枚くらいは破ったほうがよろしいかしら?」
「いえ、クラリス様もお疲れでしょう? これに署名さえいただければ、すぐにお部屋へとご案内いたします」
 ネイサンはなかなか人の扱い方がうまいようだ。
 一枚くらい破っても罰は当たらないのではないかと思っていたクラリスだが、仕方なく最初の一枚に丁寧に署名した。できれば、残りの九十九枚も見てみたいと心のどこかでは思っていた。
 やはりユージーンに抜かりがない。
 クラリスが署名した結婚誓約書を、ネイサンは護衛兵に手渡す。彼らはほっと安堵の表情を作ると一礼して去って行った。
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