わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 よっぽど花が好きなのか。それとも、見知らぬ土地が不安だから気分を紛らわせたいのか。
 どちらにしろ、温室くらいであれば、断る理由もない。
 ネイサンはクラリスを温室へと案内した。
 みっともない温室とけなされることを覚悟していた。それなのにクラリスは「素敵な温室」と口にしたのだ。
 ネイサンは耳を疑った。温室なので、その場はそれなりに日当たりはよい。しかし、すぐ裏手には森が広がっていて、薄暗くじめっとしている。そんな不気味な場所がすぐ近くにあるというのに、彼女にとってその場は素敵な温室に分類されるらしい。
 ただの社交辞令かと思ったため、しばらく様子をみていたが、どうやら本心のようであった。
 文句を言われなかっただけよしとして、温室を使うにあたって、裏の森にはけして足を踏み入れないように注意した。裏の森には魔獣から身を守るために、その姿形を強化した植物や生物がたくさん生息しているからだ。
 それを説明しようとしたとき、女性の叫び声が聞こえ、ネイサンはクラリスと共に声がするほうへと向かった。
 どうやら地下室に毒蛇が現れたようだ。挙げ句、馬丁のエイベルが噛まれた。毒蛇が地下室に出るのはよくあることだが、毒蛇に噛まれるのはそうそうあるものでもない。しかし、毒蛇に噛まれた場合、早めに処置をしなければ命すら奪われることがある。
 ――早く処置をしなければ。
 そうネイサンが思っていた矢先に動いたのはクラリスであった。
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