わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 とにかく、クラリスの前に立つのに、自分をよく見せたいという気持ちが働いた。
 しかし、湯に入ったところでユージーンは後悔に襲われる。
 なぜあのとき、期間限定の結婚、離婚前提の結婚、離婚約を提案をしてしまったのか。
(あのときの俺に言いたい。馬鹿な提案をするな――)
 クラリスを手放したいとは思えない。一生、妻として側にいてほしい。そういった欲望が、ひょっこりと顔を出し始めている。
 一目惚れとは、このようなことを言うのだろう。一目見ただけで、ユージーンのすべてが彼女に奪われた。
 今でも心臓はドキドキと痛いくらいに動いている。
 それを落ち着けるかのように、湯を両手ですくい、顔にびしゃっと勢いよくかけた。
 彼女のことを思うだけで胸が苦しく、下腹部が熱い。たぎるような血液が、全身を駆け巡る。
(だが、彼女は今、俺の妻だ。結婚のときの約束を破ることになるかもしれないが、今の気持ちを正直に伝えれば……)
 どうやって彼女の心をつなぎ止めるべきか、それをユージーンは必死に考えていた。
 湯浴みを終えたユージーンは、晩餐の場にふさわしいタキシードを選んだ。軍人でもある彼は、軍服も正装として認められている。それでも今は、こちらのほうがクラリスと共に過ごす時間に調和していると思ったのだ。
 先に席についたユージーンは、クラリスがやってくるのを今か今かと待っていた。これほどまで待ち遠しいと思ったのは、幼少期に両親からの誕生日プレゼントを楽しみにしたいたとき以来だろう。
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