顔が良い妹の方が相応しいと婚約破棄したではありませんか。妹が無能だったなんて私の知ったことではありません。

57.彼女の叫び

「……こう言った言い方は好ましいものという訳ではないが、アデルバ伯爵令息は愚かなことをしたな」

 国王様は、ゆっくりとため息をついた。
 その言葉には、幾分かの悲しみと呆れが混ざっている。
 アデルバ様は、状況をまったく理解していなかったということだろう。本当に、イルヴァド様しか目に入っていなかったのかもしれない。

「ア、アデルバ……」

 カルメア様は、息子にまだ手を伸ばそうとしていた。
 しかし、その手には力がない。恐らく、理解しているのだろう。既に手遅れだということを。

「……リフェリナ嬢、少しだけ手を握っていただいてもよろしいでしょうか?」
「イルヴァド様……いいですよ」
「申し訳ありません」
「いえ、お気になさらずに」

 イルヴァド様は、私にとても珍しい要求をしてきた。
 私はそれを受け入れる。何故彼がそのようなことを要求しているかは明白だったからだ。
 私でさえ、目の前の光景は堪える。肉親であるイルヴァド様は、きっとそれ以上の辛さがあるだろう。それが例え、争い合っていた兄弟であっても。

「アデルバを連れて行け」

 国王様は、淡々と騎士達に指示を出していた。
 騎士達もそれに淡々と従う。当然のことながら、彼らに感傷などはないようだ。

 実際の所、騎士達の判断は何も間違ってはいない。アデルバ様が万が一国王様の命を狙っていたならば、近づける方が問題であったからだ。
 この場でああいった行動をした時点で、アデルバ様は終わりだった。それは例え、彼が本当にウェディバー伯爵家を継ぐ貴族だったとしても、変わらないことだ。

「カルメアよ。私はお前に対して同情する気持ちなどは持ち合わせていない。これらの事態を招いたことの責任はお前にあるといえる。アデルバをつけ上がらせたのも、元はと言えばお前の下らない復讐心からだろう」
「……」
「しかしだ。息子を失った母親に対して、今すぐに罰を言い渡す程、私は非情になることもできない。しばらくの間、猶予を与えよう。それまでは牢屋ではなく、客室で過ごさせよう」
「いやっ……」
「む?」
「いやあああああああああああああ!」

 国王様の言葉に、カルメア様は大きな声を出した。
 彼女は、頭を抱えてその場に突っ伏す。その間も、玉座の間に叫びが響き渡っていた。
 流石に長年協力関係にあった息子の惨状は、堪えているらしい。その悲痛な叫びからは、それがよく伝わってきた。

 しかしいくら叫ぼうとも、失ったものは返ってこない。
 私は、イルヴァド様の手を握る力を少し強めた。彼の体も、少し震えていたからだ。
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