野獣と噂の王太子と偽りの妃
伯爵家の姉妹
「プリムローズ様。そろそろ舞踏会のお支度を」

侍女に言われてプリムローズは小さくため息をつく。

仕方なくソファから立ち上がり、隣の衣裳部屋に移動した。

「あら?こちらにドレスをかけておいたのですが…」

侍女が困惑したように辺りを見回した時、ノックの音がして妹のエステルが扉を開けて入って来た。

「どう?このドレス。私に似合うでしょ?」

得意気に言ってドレスをつまみ、くるりと回ってみせる。

「まあ!エステル様。そのドレスは、これから舞踏会にいらっしゃるプリムローズ様がお召しになるドレスですのに」
「プリムローズより、私の方が似合ってるわ。ねえ?」

ツンと澄ました顔で同意を求められ、プリムローズは苦笑いする。

「ええ。とてもよく似合ってるわ、エステル。ドレスの前後ろが反対でなければね」

え?!と、エステルは真顔になって自分の姿を見下ろした。

プリムローズは近づいて、エステルの胸のリボンを解く。

「エステル、このドレス自分で着たのね?これは一人では着られないようになってるの」

爽やかなミントグリーンのドレスは、ウエストから背中にかけてリボンを交差しながら編み上げていく作りなのだが、自分で着たらしいエステルは前で編み上げていた。

プリムローズはリボンを緩めるとスカートを百八十度回転させて、エステルにもう一度袖を通すよう促す。

そしてエステルの身体に沿うようにキュッとリボンを軽く引き締めながら編み上げると、背中でふんわりと大きくリボンを結んだ。

「はい、これでいいわ。どう?胸元がハートシェイプになっていて、可愛らしいでしょ?」

鏡越しに笑いかけると、エステルは戸惑ったように自分の姿を見つめながらうっとりする。

真っ白な肌と黄金色の髪のエステルは、スラリと背も高く、飴色の髪にやや小柄なプリムローズとは違い、ミントグリーンのドレスがよく映える。

「あなたの言う通りね、エステル。このドレスは私よりもあなたの方が似合うわ」

プリムローズがそう言うと、エステルは我に返ったように、またツンと澄まし顔に戻った。

「当然よ。今夜の舞踏会も、私が代わりに行ってあげてもいいわよ?」
「あら、本当?じゃあお願いするわ」

プリムローズ様!と侍女が止めるが、プリムローズは構わずエステルに微笑む。

「エステルも、もう十五歳だものね。今夜の舞踏会にも出られる年齢だわ。楽しんでいらっしゃいね」

にっこり笑いかけると、エステルは少し怯んでから勝気な口調で顎を上げた。

「ええ、そうね。プリムローズが行ったって、どうせ誰からも声をかけられないわ。私なら素敵なお相手に見初められて、我がローレン家の繁栄に繋がる縁談もいただけるはずよ」
「本当にその通りよ、エステル。あ、でも悪い人の誘いには乗らないで。きちんとあなたを大切にしてくれる方を見極めなければだめよ?」
「え、ええ」

エステルは真顔で頷く。

「ほら、そろそろ出発する時間よ。行きましょう」

プリムローズはエステルの背中に手を添えて促し、部屋を出てホールの大階段を下りると、開け放たれた扉から外へ出る。

既にエントランスには馬車が横づけされていた。

「二十一時には屋敷に戻ってきてね」と侍女に言い含めてから、プリムローズは馬車に乗り込んだエステルに笑顔で声をかける。

「お父様とお母様には私から伝えておくわ。エステル、素敵な夜を」

動き出した馬車を、プリムローズは手を振って見送った。
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