野獣と噂の王太子と偽りの妃
看病
「あ、お帰りになられたようですわ」

夕陽が窓から射し込む頃、外から馬のいななきが聞こえてきて、レイチェルがプリムローズに声をかける。

王太子を出迎えに、二人で部屋を出た。

階段を下りてエントランスの扉を開けた途端、レイチェルはその場に立ちすくむ。

どうしたのかと後ろから顔を覗かせたプリムローズも、次の瞬間ハッとして息を呑んだ。

馬から降りる王太子は、ぐったりと身体をサミュエルに預けている。

ジャケットの左袖はバックリと裂け、血で赤黒く染まっていた。

「殿下!どうなさいましたか?サミュエル、一体なにが?」
「国境を視察中に敵に襲われた。左肩から肘にかけて斬られている。レイチェル、一階の広間へ。すぐに手当を!」
「はい!」

サミュエルに返事をすると、レイチェルは階段の横の通路へと走り、広間のドアを開ける。

サミュエルは王太子の右肩を抱えながら部屋に入ると、ソファに王太子の身体を横たえた。

「すぐにドクターを呼んでまいります!」

レイチェルが部屋を飛び出していく。

プリムローズは、ソファの前にひざまずいた。

王太子はぐったりと目を閉じ、痛みに顔を歪めながら荒い息を繰り返している。

左腕の傷口は、サミュエルが巻いたらしい白い布で覆われているが、血はまだ流れ続けていた。

「殿下、失礼いたします」

プリムローズはそう声をかけると、ドレスのポケットから真っ白なハンカチーフを取り出し、王太子の左腕の付け根をギュッと結んだ。

うっ…と王太子が苦悶の表情を浮かべる。

プリムローズは、手早く王太子のジャケットのボタンを外し、シャツの首元を緩めながらサミュエルに尋ねた。

「他にケガは?」
「いえ、ここだけです」

もう一度傷口を確かめると、ようやく血は止まったようだった。

プリムローズは王太子の額に手を当てる。
驚くほど熱く、汗も滲んでいた。

「すぐに冷やした方がいいわ。氷水を」
「かしこまりました」

サミュエルが身を翻して部屋を出ていく。

「殿下、王太子殿下。しっかりなさってください」

プリムローズが声をかけると、うっすらと王太子が目を開けた。

「殿下!お分かりになりますか?」
「…そなた…は?」
「プリムローズにございます。殿下、すぐにお医者様がまいりますわ。どうかお気を確かに」
「くっ…、これしきのこと、なんでもないわ」

そう言って王太子は、身体を起こそうとする。

「いけません!また出血してしまいます。動いてはなりせん」

プリムローズは、王太子の右肩をそっと押して再び寝かせた。

「プリムローズ様、氷水です」

サミュエルが駆け込んできて、タオルと氷水の入った大きなボウルをソファの前のテーブルに置く。

プリムローズはすぐさまタオルを氷水に浸して固く絞ると、王太子の額に載せた。

うっ…と小さくうめいたあと、王太子はふう…と息を吐いて身体の力を抜く。

プリムローズはもう一枚タオルを冷やして絞ると、首や胸元の汗を拭った。

王太子はホッとしたのか、目を閉じて身を任せている。

「お待たせしました。ドクターをお連れしました」

レイチェルが息を切らせて部屋に戻ってきた。

続いて部屋に入ってきたドクターが、すぐに診察を始める。

「うーん…。傷は二十cmほどに渡っているが、そこまで深くはない。消毒して包帯を巻いておきます。しばらくは薬を飲んで安静に」
「はい」

レイチェルが薬を受け取り、ドクターを見送った。
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