野獣と噂の王太子と偽りの妃
やがてドクターが到着し、てきぱきと準備を進める。

「プリムローズ様、お水をどうぞ」
「ありがとう」

レイチェルがストローを刺したグラスの水を飲ませ、プリムローズの汗を拭う。

プリムローズは何度もやってくる痛みの波を、マルクスの腕を握りしめながら懸命に耐えていた。

赤ちゃんはプリムローズのお腹の中を、徐々に下へと下りていく。

「では次の波が来たら息を止めて、お腹に力を入れてください」
「はい」

ドクターに頷き、プリムローズは身構える。

大きな痛みの波がやって来た。

「息を吐いて、吸って、はい止めて!」

プリムローズは渾身の力でマルクスの腕を掴みながら、お腹に力を入れた。

グーッと赤ちゃんが下がってくる。

痛みの波が引くと、束の間、プリムローズは身体の力を抜いて肩で息をした。

「プリムローズ様、がんばって!」

レイチェルが冷たいタオルで顔の汗を拭いてくれる。

「ありがとう、レイチェル」

そしてプリムローズは、思い切り掴んでしまったマルクスの腕を見た。

「ごめんなさい、マルクス様。アザになってしまうわ」
「何を言う、プリムローズ。どれだけ強くひねり上げてもいいからな」

華奢なプリムローズがこれほどの力で対抗するほど、陣痛の痛みは凄まじいのだと、マルクスは身を持って感じていた。

「プリムローズ、がんばれ!俺がついている」
「はい。あと少しで赤ちゃんに会えますね。マルクス様の胸に、必ず元気な赤ちゃんを抱かせ…」

そこまで言うと、プリムローズはまたギュッと眉根を寄せた。

「では息を吐いて、吸って、止めて!」

プリムローズは身体が小刻みに震えるほど、強く強くお腹に力を入れる。

「いいですよ。もう力を抜いて、短く呼吸して」

ドクターがそう言ったあと…

「オギャー、オギャー!」

部屋中に元気な声が響き渡る。

と同時に、窓から朝陽がサーッと射し込んで来た。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

わあっ!と、レイチェルが口元に手をやって喜ぶ。

プリムローズとマルクスは、感激の余り言葉を失っていた。

目に涙を溜めながら、互いに見つめ合い、頷き合う。

「ありがとう、プリムローズ。よくぞ無事に…。ありがとう」
「マルクス様…。よかった、元気に生まれてきてくれて」
「ああ。そなたも赤ちゃんも無事で、本当によかった」

声を震わせながら、マルクスは何度もプリムローズの頭をなでる。

「さあ、お顔立ちの整った美しい赤ちゃんですよ」

ドクターが、真っ白な布にくるんだ赤ちゃんを、マルクスとプリムローズの手に抱かせた。

「わあ…、可愛い!」
「ああ。可愛くて小さくて…。俺達の大切な、尊い命だ」
「ええ」

この世に生まれた祝福を受けるかのように、赤ちゃんは朝陽を浴びてキラキラと輝いている。

「わたくし達のもとに生まれてきてくれて、ありがとう」

プリムローズは小さな赤ちゃんの手を握る。

「俺が必ず守るから。一緒に幸せになろうな」

マルクスもそっと赤ちゃんの頬に手を触れた。

夜明けと共にこの世界に生を受けた男の子を、マルクスとプリムローズは、セドリックと名づけた。
< 111 / 114 >

この作品をシェア

pagetop